家畜化の第一歩はどこから始まるか?

日本ではアライグマといえば、可愛いアニメの主人公「ラスカル」を思い浮かべる人が多いかもしれません。
ですが、北米では事情がまったく異なります。
アライグマは現地では「ゴミパンダ(trash panda)」などと揶揄され、人間が捨てたゴミを散らかすやっかいな“ゴミ荒らし”として知られています。
また犬や猫などのペットたちにとっては、エサ泥棒となっています。
動画サイトなどで、アライグマが猫や犬のエサを両手で掴んで、2足歩行で逃げ去る様子を見た人もいるでしょう。
ただアライグマからすれば、この行動は生き残り戦略として合理的です。
都市環境は大型の捕食者がほとんどおらず、生ゴミなど食糧が容易に手に入る特別な生活空間です。
ただ人間の都市空間で生活するには、人間を警戒しすぎない「大胆さ」と攻撃的すぎない「おとなしさ」の両方が求められます。
人間を恐がり過ぎるとゴミやペットのエサを盗めませんし、現在日本各地に出没しているクマのように攻撃的すぎる場合は、人間に駆除されてしまいます。
言い換えれば、人間のそばで暮らす野生動物には、恐怖心が少なく攻撃的ではないほどエサにありつけるという選択圧がかかっているのです。
この段階では人間はまだ意図的な繁殖や品種改良をしていませんが、人間のいる場所に適応するために、アライグマたちに進化の方向付けが起こっている可能性があります。
これはまさに家畜化の始まりと重なる部分が多いプロセスだと考えられます。
人間による家畜化というと、オオカミを犬に、人から見て有用なウシやウマを作り変えたように、「人が動物を捕まえて品種改良すること」を思い浮かべるかもしれません。
しかし実際には、家畜化の第一歩はもっと受動的です。
歴史を遡ると、犬の祖先であるオオカミは人の捨てた残飯を漁(あさ)ることで人里に定着し、ネコの祖先も人間の穀物倉庫に集まるネズミを狩るうちに人間の生活圏に入り込みました。
人間に「飼われる」前に、まず動物の側が人間社会に適応していったのです。
このように人間の近くで暮らすようになった動物には、種を超えて共通する不思議な身体変化のセットが起こることが知られています。
代表的なものとしては「攻撃性の低下に伴って、鼻先や頭骨が小型化し、耳が垂れたり毛色にまだら模様が現れる」というものです。
これらはダーウィンも気づいていた現象で、現在では「家畜化症候群」(家畜化にともなって一緒に現れる一連の変化)と総称されています。
たとえばオオカミから犬への変化の過程で、鼻先が小型化し脳が小さくなる他に、攻撃性の低下、耳のたれ、まだら模様の出現、さらに巻いたしっぽ、子供っぽい行動が大人になっても残る、人への恐怖心の大幅な減少、人との社会的協調能力の獲得、ホルモンバランスの変化など家畜化症候群の特徴を多く備えた存在だとも言われます。
しかし先にも述べたように、家畜化の第一歩は人間の生活環境に入り込むことから始まります。
そのため人間の生活圏に入り込んだだけの野生動物でも似た傾向が報告されています。
たとえばイギリスの都市に住み着いたキツネは田舎のキツネより吻部が短く幅広いことが確認されており、都市環境では「食べ物がゴミの山など局所的に固まっているので、鼻先が短い方が有利なのかもしれない」との指摘があります。
またスイスの農場に棲み着いた野生ネズミでは、数世代のうちに白い毛の斑点や頭骨の短縮といった家畜化症候群的な変化が増えたとの観察例もあります。
ただし、これらはいずれも局所的・短期的な事例です。
そこで今回の研究では、北米全土に広く生息し都市と自然の両方で暮らすアライグマをモデルに選び、都市生活が野生動物にもたらす進化的影響を大規模データで検証しました。
本当に都会に近づくだけで野生動物を“家畜化予備軍”へと変えてしまうのでしょうか?


























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