DNAは究極のデータ保存メディアになる?

私たちが暮らす現代社会では、毎日驚くほどの量のデータが生み出されています。
スマートフォンで撮影した写真や動画から、学校や研究所で集められる大量の科学データ、インターネット上にあふれる情報まで、あらゆるものがデジタルという形で保存されています。
こうしたデジタルデータを保存するために使われるハードディスクや半導体メモリは、現在のデジタル社会を支える重要な装置です。
しかし、実はこれらの装置にも大きな弱点があります。
それは、保存できるデータの量に限界があることと、何十年も保存するとデータが劣化したり、装置自体が故障したりするということです。
このままのペースでデータが増え続ければ、いつか「データ保存の危機」が訪れると専門家たちは心配しています。
つまり、このままでは私たち人類の貴重な歴史や文化、科学の知識などを後世まで確実に残すことが難しくなってしまうのです。
だからこそ、現在使っているハードディスクや半導体メモリとは全く違う、新しいタイプの記憶媒体が必要になっています。
そこで、科学者たちが注目したのが、なんと私たちの体の中にも存在する「DNA(デオキシリボ核酸)」という物質でした。
DNAという言葉を聞くと、まず人間や動物、植物などの生物がもつ遺伝情報をイメージする人も多いかもしれません。
実はDNAは、生物が自分の設計図となる情報を記録している天然の「情報記録メディア」ともいえる存在なのです。
このDNAには、大きく2つの優れた特性があります。
1つは驚くほどデータの記録密度が高いこと、もう1つはデータを非常に長い期間、安定して保存できるということです。
例えば、人間の体は約37兆個の細胞でできていますが、理論的にはその細胞1個に含まれるDNAには約3.2ギガバイト(GB)もの情報を記録できると言われています(プレスリリースによる参考値;論文未記載)。
これは、本にして約6000冊分、音楽ファイルなら1000曲分、映画なら約2本分に相当する容量です。
さらにDNAは、正しく保存すれば数百年以上も情報を保つことができます。
しかも、ハードディスクのように常に電気を使ってデータを保存する必要もありません。
まさにDNAは、私たちが未来のデータ保存に求める条件――超高密度かつ長期間安定した保存――を満たす可能性を秘めているわけです。
こうした特性を踏まえると、DNAは人類がデジタルデータを未来に残すための「究極の媒体」になり得るかもしれません。
ただし、DNAを「ハードディスクやUSBメモリー」のような気軽なデータ保存に使うためには、解決すべき課題もありました。
特に大きな問題となったのが、目的のデータを必要なときに素早く探し出して取り出すことが難しいという点です。
通常のハードディスクでは、保存されたファイルに住所のような情報が与えられています。
これにより、必要なデータがどこにあるか簡単に探せます。
しかし従来のDNAデータ保存の研究では、DNAの細かな断片を「粒子に混ぜたり、特殊なチップに固定したり」する方法が主流でした。
ところがこの方法では、保存されたDNAの断片の中から自分が必要なファイルだけを選び出すのに非常に多くの手間がかかってしまいます。
これは、まるで住所や番号のついていない何万冊もの本から、特定の1冊を探し出すような大変な作業でした。
そこで、中国の南方科技大学の蒋興宇(Xingyu Jiang)教授が率いる研究チームは、まったく新しい視点でこの難題に挑むことにしました。
そのヒントとなったのが、今の中高生には少し馴染みが薄いかもしれない「カセットテープ」でした。
カセットテープは1980年代に広く使われていたメディアで、音楽をテープに録音し、「巻き戻し」や「早送り」で聞きたい曲までテープを動かすことで曲を探していました。
研究チームは、この「テープを巻いて好きなところで止める」という仕組みを、DNAを使ったデータ保存に応用しようと考えたのです。
つまり、DNAという目に見えないほど小さな情報を、物理的なテープの形にして、そのテープ上を細かく区画化し、住所のような目印をつけて管理することで、目的の情報をすぐに探し出せるようにするアイデアでした。
この「DNAを使ったカセットテープ」というユニークな発想が成功すれば、DNAデータを誰でも簡単に、素早く扱えるようになるかもしれない――。
研究チームの挑戦は、まさにそうした夢のある未来を目指していました。