死んだクモに生えた菌、と思ったら新種のクモだった

ここでまず、「ギベルラ属(Gibellula)」という菌について説明しましょう。
この菌はいわばクモに特化した寄生菌の一種です。
この菌の胞子がクモの体表について内部に侵入すると、菌は体内で増殖し、一部の種ではクモの動きを操作して、胞子を広げやすい場所で死なせてしまいます。
近年ではイギリス諸島の洞窟に棲むクモに寄生する新種のギベルラ属の菌が見つかり、少なくともその種では感染後にクモが操られたように壁面など目立つ場所に移動して死ぬことが報告され、メディアでは「ゾンビ化菌」のようにも紹介されました。
こうした菌の不気味さは、ただクモを殺すだけではないところにあります。
胞子を広げやすい場所へ宿主を移動させ、そこで死なせ、自分の体を伸ばして次の感染へつなげていくからです。
言いかえれば、クモの体を「増殖のための足場」に変えてしまうわけです。
森の中でそんな姿を見れば、多くの生き物にとっては近づきたくない、いかにも危なそうなものに見えるでしょう。
実際、この段階に来た普通のゾンビ化菌は胞子の散布段階かその直前の段階にあります。
一方で、自然界では、生き物が自分を別のものに見せかける「擬態」は決して珍しい現象ではありません。
例えば昆虫やクモの中には、葉っぱや枯れ枝、鳥のフンなどになりすますものが数多く知られています。
しかし、今回見つかった新種のクモは、ゾンビ化菌にやられたクモの姿を借りる擬態を行っている可能性があるのです。
いわばゾンビ化菌の苗床に擬態している訳です(※ここでいう「苗床」は厳密な菌学用語ではなく胞子散布の土台としての比喩です)。
論文の著者たちは、クモがこのような菌を擬態の対象として進化したという例は、文献においてまったくなかったと述べています。
つまりこれは、新種報告であるだけでなく、今まで誰も考えなかった、新しいタイプの擬態を初めて報告した研究なのです。
しかし擬態とは、周囲によく似た何かがなければ成り立ちません。
葉っぱに擬態する能力があっても、砂漠の真ん中では目立ってしまうのを考えればわかるでしょう。
ですが今回の発見現場の森では、こうした菌の仲間が数多く見つかっており、この変装はその場の景色の中で不自然ではなかった可能性があります。
つまりこの森の中ではゾンビ化菌にやられてしまった亡骸が擬態のベースになるくらいには存在しているかもしれないのです。
激しい市街戦で死体に偽装するように、もしかしたらこのクモも仲間の成れの果ての亡骸を利用しているのかもしれません。

さらにGibellula に感染したクモは、強い雨や落下物を避けやすい葉の裏側に固定されることが多いとされ、別の研究でも、感染したクモは葉の裏などで死に、そこからのびた構造が胞子を周囲にばらまくと説明されています。
今回の新種クモも、まさに同じように葉の裏で逆さにぶら下がり、腹部の突起を下に向けてほとんど動かない状態で見つかりました。
外見を似せるだけでなく、死に場所も似せることでより擬態を完璧なものにしていたのかもしれません。
しかし、なぜこんなユニークな存在が長年、みつからずにいたのでしょうか?
理由の1つは、そもそものレアさでした。
「タチャノフスキア属(Taczanowskia)」というクモの属は、実は科学的には謎に包まれたグループでした。
コガネグモ科というクモの仲間に分類されますが、この科の多くは円形の美しい網を張ることで知られています。
ところが、このタチャノフスキア属はほとんど網を張らず、じっと待ち伏せて近くを通る小さな昆虫などを前脚で素早く捕まえるという、異端の狩猟スタイルを持っています。
古くから名前は知られていましたが、自然界では発見が非常に難しく、生態について詳しいことはほとんどわかっていませんでした。
今回の研究は、その謎だらけのクモの生態に関する重要な一歩を踏み出した成果でもあるのです。
ですがその始まりは意外なところからでした。




























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