「5トンの鼻」から放たれる226デシベルのクリック
マッコウクジラ(Physeter macrocephalus)は、最大で体長18メートルほどになる世界最大のハクジラ類です。
深海ではダイオウイカなどを探すため、強烈なクリック音を発してエコーロケーションを行います。
また仲間同士の社会的なやり取りでは、「コーダ(coda)」と呼ばれる短いクリック音のまとまりも使います。
ところが、オスだけが発すると考えられているスロークリックは、そのどちらとも性質が違っていました。
研究チームはセーシェル、スリランカ、ノルウェー、スコットランドで得られた録音データを解析し、セーシェル沖ではハイドロフォンとクジラまでの距離測定を組み合わせて音の強さを推定しました。
約30分間に記録された65回のスロークリックを分析したところ、最も強いものは、音源から1メートルの位置に換算して226dB re 1 µPa(デシベル・リラティブ・トゥ・1・マイクロパスカル)に達しました。
これは水中音響で使われる尺度であり、空気中のジェット機やロックコンサートのデシベル値とは直接比較できません。
それでも水中では非常に強力な音で、チームは「動物が発するコミュニケーション音として最高レベル」と説明しており、論文では特に哺乳類でこれまで測定された中でも最大級のコミュニケーション信号と位置づけています。
実際の音声サンプルはこちらでご視聴いただけます。

これほど大きな音を作れる秘密は、マッコウクジラの巨大な頭部にあります。
オスの鼻部には、成体で5トンを超えることもある巨大な発音システムがあり、その内部には「発音唇(phonic lips)」と呼ばれる構造があります。
ここに圧力をかけた空気を通し、発音唇を打ち合わせることで強烈なクリック音が生まれます。
さらにチームが音の伝わり方をモデル計算したところ、典型的な深海環境ではスロークリックが最大約70キロメートル先まで検出できる可能性が示されました。
ただし、70キロメートル離れたクジラが実際に音を聞いて反応したことを確認したわけではありません。
実際の到達距離は、水温や塩分、水深、海底の状態、背景雑音、船舶騒音などによって大きく変化します。

































