2400年前の墓から「レスラーを描いた硬貨」が見つかった
今回の墓が見つかったのは、アスペンドスの東側の城壁から古代劇場へ向かう斜面の道路沿いです。
発掘チームはここで、それまで存在が知られていなかった「東部ネクロポリス」と呼ばれる墓地を初めて確認しました。
その中から発見されたのが、石板を組み合わせて作られた箱型の墓です。
墓は紀元前5世紀最後の四半期から紀元前4世紀にかけてのものと推定されており、およそ2400年前にさかのぼります。
内部には1人の人物が埋葬されていました。
そして考古学者たちの注目を集めたのが、一緒に見つかった副葬品です。
墓からは、2人のレスラーが組み合う姿を描いたアスペンドスの硬貨などが発見されました。
古代のアスペンドスではレスリングがよく知られており、この都市が発行した銀貨には、裸のレスラー2人が向き合って組み合う姿が描かれたものがあります。
こうした硬貨が長期間にわたり発行されていたことからも、レスリングがアスペンドスの文化を象徴する競技のひとつだった可能性が指摘されています。
エルソイ文化観光相は、硬貨やその他の出土品から、墓に埋葬された人物がスポーツと関係しており、「アスペンドスのレスラーだった可能性もある」と説明しています。
本当に古代の「プロレスラー」だったのか?
もしこの人物が実際にレスラーだったとすれば、今回見つかったのは、いわば2400年前の「プロレスラー」の墓ということになります。
ただし、ここでいうレスラーはもちろん、現代のショーとしてのプロレスを行う選手という意味ではありません。
古代ギリシャ世界ではレスリングは重要な競技のひとつであり、競技会で技量を競うアスリートたちが存在していました。
とはいえ、現段階で墓の主をレスラーと断定することはできません。
今回の発見に関与していない米アイオワ大学(University of Iowa)の歴史学者サラ・E・ボンド(Sarah E. Bond)は「レスラーが描かれた硬貨だけでは埋葬者の職業を特定できない」と指摘しています。
アスペンドスのレスラー硬貨は特別な選手だけに与えられたものではなく、一般の人々も支払いに使っていたからです。
そのため、本当に競技者だったのかを確かめるには、遺骨そのものを詳しく調べる必要があります。
たとえばスポーツ活動と整合する骨の損傷や、過去の外傷が治った痕跡などが確認されれば、レスラー説を検討するうえで追加の手がかりになる可能性があります。
それでも今回の墓は重要です。
アスペンドスでは古典期の考古学的資料がこれまで十分に見つかっておらず、新たに確認された東部ネクロポリスと墓の副葬品は、当時の人々の生活や埋葬習慣、社会構造を知る貴重な資料になります。
墓の主が本当にレスラーだったのか、それともレスラーを描いた硬貨を持っていた一般の市民だったのかは、今後の研究を待たなければなりません。
しかし2400年もの時を経て、1人の人物と、古代都市が熱狂したスポーツとの意外なつながりが姿を現したことは確かです。
さらなる遺骨の分析が進めば、この人物が本当に古代アスペンドスの「リング」で戦ったアスリートだったのか、その正体に一歩近づけるかもしれません。





















「本当に古代の「プロレスラー」だったのか?」とか見出しつけといて、コイン以外の根拠示さないのね