牛や馬を盗めば鼻を削ぐ──条文はあるのに、体が出てこない

昔の刑罰がどれほど残酷だったかは、歴史の授業でひととおり習います。
けれども私たちがそれを知っているのは、教科書や古文書に書かれた文字を通してです。
古代中国の「五刑」のうち、鼻を削ぐ刑も、長いあいだそういう存在でした。
五刑とは、首を斬る、足を切る、去勢する、鼻を削ぐ、顔に入れ墨を入れるという5つの刑罰のことです。
鼻を削ぐ刑は「劓(ぎ)」と呼ばれ、殷の時代の甲骨文字では、鼻の横に刃物を添えた形で書かれていました。
文字そのものが、刑の光景をかたどっているのです。
記録の量も、決して少なくありません。
西周の刑罰を伝える『尚書』の「呂刑」には、五刑で裁かれる罪は全部で三千あり、そのうち千が鼻を削ぐ刑にあたる罪だと記されています。
時代が下った元王朝の末期になると、この刑はもっぱら家畜泥棒に向けられました。
『元史』には、牛や馬を盗んだ者は鼻を削ぐ、ロバやラバなら額に入れ墨を入れて再犯で鼻を削ぐ、というように、盗んだ家畜ごとに刑が定められています。
そして、鼻を削がれたあとにまた盗んだ者は死刑にする、とも書かれています。
これだけの記録が残っているのに、中国の遺跡からは、鼻を削がれた人の骨が1体も見つかっていませんでした。
刑罰の条文は山ほどあるのに、刑を受けた体が一つも出てこない。
その空白を埋めたのが、河南省三門峡市の墓地から出た1つの頭蓋骨でした。




























