墓でただ一人うつ伏せ、そして「つけ鼻」の痕

この墓には、もう一つ他と違うところがありました。
彼女は、うつ伏せで埋葬されていたのです。
発掘が駆け足だったため、その姿勢は現場では気づかれませんでした。
残っていたのは上から撮った写真1枚で、大腿骨の裏側を走る隆起線の向きと、背骨の突起の見え方から、体が下を向いていたと後から判定されたのです。
漢から清まで、この墓地からは213基の歴史時代の土葬墓が見つかっていますが、うつ伏せはこの1体だけでした。
殷の時代には、うつ伏せの埋葬は身分を問わず見られるありふれた葬り方の一つでしたが、時代が下ると意味が変わり、非業の死を遂げた者や、罪を犯した者に対する葬り方と考えられるようになります。
値打ちのある副葬品がないこと、顔に不自然な欠損があること、そして墓地でただ一人うつ伏せであること。
研究チームは、これらが重なることから、彼女は罪人として扱われ、顔の損傷を覆い隠すためにうつ伏せに伏せられたのだろうと考えています。
もちろん、鼻が失われる原因は刑罰だけではありません。
研究チームは、生まれつきの欠損、病気、事故、さらには貞節を示すために自ら鼻を切る風習まで、考えられる原因を一つずつ検討しています。
たとえばハンセン病であれば、鼻が崩れるのと並行して、上あごや手足の骨にも変化が現れ、歯が抜け落ちるはずです。
けれどもM318の骨では、手足にハンセン病特有の変化は見つからず、目立った異常は虫歯や歯周病といった口の中の問題に偏っていました。
事故による大きなけがなら、頬骨や上あごの骨折、前歯の脱落もいっしょに残りやすいのですが、そうした跡は見つかりませんでした。
消去法の末に最も可能性が高いとして残ったのが、家畜泥棒などに科される鼻削ぎの刑でした。
さらに注目すべき点として研究者たちは、梨状口のふちには小さな骨のトゲ(骨棘)が左側だけに偏って、ごつごつと盛り上がっている点を挙げています。
骨のこの部分は外からの刺激に敏感で、何かが繰り返し当たっていると、そこに新しい骨を作ります。
研究チームは、傷が治っていく過程で起きた慢性的な炎症の跡である可能性が最も高いとしたうえで、もう一つの可能性を挙げました。
作り物の鼻を当てていた圧の跡ではないか、というものです。
テキサスA&M大学のチアン・ワン氏は「傷跡を隠すために人工鼻を装着していた可能性がある。つまり、普通の生活に戻ろうと努力していたということだ」と述べています。
鼻の穴が外気にさらされたままでは、呼吸はしづらく、冷たい空気もほこりもそのまま入ってきます。
上唇を持ち上げる筋肉も傷ついていた可能性があり、表情の作り方まで変わっていたかもしれません。
彼女が生き延びたこと自体も、この発見の重要な部分です。
鼻の奥には太い血管が何本も通っていて、外鼻を切り落とせば大量の出血が起きます。
傷口から感染も起こります。
それでも彼女は、切られた骨の縁が丸く治りきるまで生きました。
刑のあと、血を止め、傷の手当てをした者がいたことになります。
実際、体の一部を切り落とす刑の現場に医療者が付き添っていたことは、周王朝の時代までさかのぼって指摘されています。
唐代の『千金方』には多くの外科の手技が記され、明代には外科用の刃物やはさみ、針が種類ごとに書き分けられるまでになりました。
研究者たちは他の原因について完全には排除しきれないとしつつも、この解釈が正しければ、これは古代中国の鼻削ぎ刑の、初めての物的証拠になると結論しています。
そこから見えるのは、法典の条文が実際に人の顔に執行されていたという事実だけではありません。
罰する技術と、生かす技術は、同じ場所に並んでいたのです。




























