耳コピVS譜読み論争は昔から?

西洋音楽の歴史を振り返ると、バッハやモーツァルトといった大作曲家が幼少期に学んだ方法には、“耳で覚える”ことが大きな役割を果たしていました。
いわば母語を自然と習得するように、まずは音楽そのものを繰り返し聴いて感覚を掴み、そこに表現や解釈を肉付けしていくスタイルです。
一方で、譜面を読み解く力も職業音楽家には欠かせず、楽譜には強弱やアーティキュレーションなどの記号が多彩に書き込まれているため、その情報を的確に音に変換する必要があります。
しかし、どちらの方法が「より脳に定着しやすいのか?」あるいは「複数の楽器を経験していると、なにが変わるのか?」については、長らくはっきりとした答えが見つかっていませんでした。
実際、“耳コピ”を得意とする人は「聴いたメロディをすぐに再現できる」一方で、譜読み中心の学習者は「記号を追いかける段階で時間がかかることも多い」という話をよく耳にします。
とはいえ、譜面には作曲者が意図した構造や変化が明示されているメリットもあり、“聴くのが得意な人”でも、譜面を読みこなす技術がないと細部を見落とす可能性があります。
つまり、一方が常に優位というより、「どんな方法を、いつ、どれだけ活用するか」が学習の効率やクオリティを左右しているようにも見えます。
加えて、「スズキ・メソッド」のように幼少期から音源を聴き込むアプローチが、脳の成熟やフレーズ認識にどんな影響を及ぼすのかも興味深いテーマです。
さらに近年の研究では、音楽のフレーズ構造を分析する脳の働きは、文法を理解するのと似たメカニズムで処理される可能性が指摘されています。
たとえば、言語の「文のまとまり」を直感的に捉えるように、音楽の「フレーズ」も耳から得る情報が重要だというわけです。
とはいえ、実際に譜面を読むか耳で聴くか、複数の楽器経験があるかどうか、これらの違いが脳のどの部分にどんな影響を与えるのかは、まだ十分に検証されてきませんでした。
そこで今回研究者たちは、中級レベルのピアノ奏者を対象に「録音された音源を聴いて学ぶ方法」と「譜面を読み込む方法」という2つの練習スタイルを比較し、それぞれが脳の左右でどのような活動パターンを生むのかを調べることにしました。