電子を動かさず情報を伝える「スピントロニクス」とは?

スマートフォンを長時間使っていると、いつの間にか本体が熱くなってしまった──そんな経験は誰しもあるのではないでしょうか。
これは、電子回路の中を電子が移動するときに抵抗が生じ、電気エネルギーの一部が熱として逃げてしまうためです。
もし、このエネルギーのロスをなくすことができたら、もっと効率的で省エネルギーな電子機器が作れるはずです。
こうしたアイデアから登場したのが、近年話題の「スピントロニクス」という新技術分野です。
スピントロニクスは、「スピン」という電子が持つ不思議な性質を利用して情報を伝える技術です。
「スピン」とは電子自身が持つ磁石のようなもので、小さな方位磁石の針が上か下かというように、電子それぞれが決まった磁石の向きを持っています。
通常の電流は、電子が集団で一方向に移動することで電気信号を伝えますが、「スピン流」では、電子はほとんど動かずに、磁石の向き(スピン)の情報だけが電子から電子へと伝達されていきます。
身近な例で例えてると、電子が人間でスピンが人間の「お気持ち(ポジティブとネガディブ)」のようなものだとすれば、人間はそのままに「お気持ち」だけが人づてに伝達されていく状態と言えるでしょう。
結果として電流が流れることはありませんが、それでも情報だけが遠くまで届くのです。
これが、「純粋なスピン電流(スピン流)」と呼ばれるものです。
スピン流の大きな魅力は、熱として失われるエネルギーが極めて少ないことにあります。
電子そのものが動かないので、移動時の抵抗がほぼゼロとなり、発熱やエネルギーのロスを劇的に抑えることができるからです。
もしこれを実用化できれば、スマートフォンやパソコンは今よりずっと省エネで長持ちし、さらにスピンを使った超高速で省電力なメモリやプロセッサなど、未来的なデバイスの実現にもつながります。
また、スピン流は電子の持つ量子的な性質を利用するため、量子コンピュータの性能を飛躍的に高める新技術としても注目されているのです。
そのスピントロニクスの最有力候補として研究が進められてきたのが、グラフェンという炭素原子1個分の厚さしかない素材でした。
グラフェンは薄くて軽く、しかも電子の動きが速いため、スピンの情報を遠くまで運べる理想的な材料とされてきました。
ところが大きな問題がありました。
これまでグラフェンでスピン流を制御するには、大型の磁石を使って強い磁場を加えなければならなかったのです。
これではスマホや小型の電子チップに組み込むのはほとんど不可能でした。
そこで研究者たちは、磁石や磁場を外部から加えることなく、小さなチップの上でスピン流を安定して作り出す方法を探しました。
果たしてスピン流で情報伝達を行うチップのような夢の技術は実現できるのでしょうか?