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昔より便利になったのに「毎日しんどい」理由は人類進化の遅さ

2025.11.30 21:00:36 Sunday

「スマホがなかった時代ってどうやって暮らしてたの?」

現代の生活に慣れきった私たちは、よくそんな疑問を口にします。

確かに2、30年前の生活というのは、その時代を生きた人にさえイメージしづらいものになっています。

今や連絡手段も、扱える情報量も、都市間の移動にかかる時間も、一昔前とは段違いです。

であるにも関わらず、「昔と比べて生きづらい」と感じる人は多いかも知れません。

こうした感覚は、“私たちの身体の進化の速度”と深く関係しているかもしれません。

人間の身体は、何十万年ものあいだ狩猟採集の生活に合わせて進化してきました。

しかし、ここ数百年で私たちが暮らす世界は一変しています。

そこでスイスのチューリヒ大学(University of Zurich)と英国ロフバラ大学(Loughborough University)の研究チームは、進化生理学の視点から生理学研究、疫学データ、都市と農村の比較研究、進化医学の知見など、幅広い研究報告を整理し、工業化・都市化が進んだ現代環境が人間の基本的な身体機能にどのような影響を与えているのかを検証しました。

その結果、現代の急激な環境変化が、人間の身体の仕組みと様々な部分で噛み合わなくなっており、それが過度のストレス反応に繋がっている可能性が浮かび上がりました。

この研究の詳細は、2025年11月7日付けで科学雑誌『Biological Reviews』に掲載されています。

Homo sapiens, industrialisation and the environmental mismatch hypothesis https://doi.org/10.1111/brv.70094

石器時代仕様の身体 vs 工業化した世界

車の騒音、ネオンの光、排気ガス、そしてスマホの通知音、それらは多くの人にとって当たり前の景色ですが、進化の歴史から見ると、これは人類にとって「つい最近でてきたばかりの非常に特殊な環境」です。

人間の身体は、およそ20万年以上にわたる狩猟採集生活を通してつくられてきました。

日中は風や土の匂いの中を歩き、夜は真っ暗な環境で休む、仲間の顔を見ながらコミュニケーションを取り、自然のリズムに合わせて生活する。

このような環境に合わせて体温調節や免疫の動き、ストレス反応の仕組みは少しずつ整えられてきたのです。

ところが、産業革命から現代に至るまでの数百年で、世界は急激に変わりました。

特に第二次世界大戦後には、化石燃料の利用、プラスチック製品の普及、高層ビルの建設、24時間動き続ける大都市が一気に広がりました。

研究チームは、この「急加速した世界」を“Anthropocene(人新世)”と呼ばれる新しい時代の象徴として位置付けています。

私たちは今、自然の環境よりも人工物に囲まれた空間で長い時間を過ごし、夜でも街灯や室内の光で昼のような明るさにさらされています。

このような人工的な環境は、人間の体にさまざまな「見えない負荷」を与えていると研究チームは示しています。

大気汚染は肺だけでなく、炎症反応を通じて全身の健康に影響を及ぼします。

夜の明るい光は、体内時計を調整するメラトニンというホルモンの分泌を妨げ、睡眠の質を低下させます。

農薬やプラスチック由来の化学物質は、微量でも長期的にはホルモンの働きを乱す可能性があります。

また、現代の生活は自然の中に多く存在する細菌や微生物と触れ合う機会が減るため、免疫の発達にも影響が出ることが指摘されています。

そこで研究チームは、これまで発表されてきた多くの研究を詳しく見比べ、工業化や都市化が人間の生殖・免疫・認知・体力・ストレス反応にどのように関わっているのかを分析しました。

その中でも特に顕著なのは、生殖機能への影響です。

世界中で出生率が低下している背景には、経済状況だけでなく、化学物質や大気汚染などの環境要因が、精子の数や質、ホルモンの働きに影響を及ぼしている可能性が示されています。

さらに、免疫機能と認知機能にも興味深い傾向があります。

都市部では緑地や自然に触れ合う機会が少ないため、感染症やアレルギー、炎症性の病気が増えやすいという報告があります。

騒音や人工の光は脳の働きにも影響し、注意力や記憶の維持が難しくなる場合があります。

体力面では、外で身体を動かす機会が減った結果、子どもから高齢者まで持久力や筋力が低下しやすいことも示されていました。

そして研究チームは、生殖や免疫などの機能を横断して悪影響を及ぼす要因として、ストレス反応の「過剰作動」にも大きな注意を向けています。

本来、ストレス反応は危険から身を守るために短時間だけ働く仕組みです。

しかし現代では、騒音、光、仕事の締め切り、SNSの通知、世界中のニュースなどが絶え間なく続く刺激となり、ストレス反応が一日中ONのままになりやすい状況が生まれています。

これによりホルモンバランスや睡眠が乱れ、免疫の働きが低下し、体調全体が不安定になりやすくなると考えられています。

研究チームは、テクノロジーの進歩によって生活の利便性が高まった一方で、人間の身体が本来想定している環境とのあいだに大きなズレが生じ、その結果として心身の負担が増えている可能性を指摘しています。

現代人の生きづらさの背景には、テクノロジーの進化と身体の進化の速度差が生んだ、大きなギャップが横たわっている可能性が高いのです。

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