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Credit:川勝康弘
quantum

観察という行為そのものがもつ限界を理論的に解明

2025.11.03 19:00:01 Monday

アメリカのカリフォルニア工科大学(Caltech)・ハーバード大学・Google Quantum AIの合同研究チームによって、観察という行為そのものに限界が生じ得ることを理論的に示しました。

研究では最新の量子コンピューターを用いても物事が進む時間や因果構造、さらには物質の状態(相)など、自然界の根本的な性質すらも十分に知ることが難しいことが示されています。

実際、ある種の問題については、最新の量子コンピューターでも天文学的な時間スケールが必要になり原理的に観測が不可能な「観測の壁」が立ちはだかります。

「観察すれば世界のすべてを理解できる」という私たちの直感は間違いなのでしょうか?

研究内容の詳細は2025年10月9日に『arXiv』に投稿されました。

A problem that takes quantum computers an unfathomable amount of time to solve https://phys.org/news/2025-10-problem-quantum-unfathomable-amount.html
Hardness of recognizing phases of matter https://doi.org/10.48550/arXiv.2510.08503

「観察」そのものが世界を隠している

「観察」そのものが世界を隠している
「観察」そのものが世界を隠している / Credit:Canva

私たちが観察しているものは、世界そのものなのか、それとも観察という手続きが生み出した影なのでしょうか?

普通に暮らしていると、私たちはつい「世界は観察したとおりに見えている」と思いがちです。

たとえば顕微鏡を使えば、肉眼では見えない小さな微生物がはっきり見えます。

宇宙望遠鏡を使えば、遠くの銀河だって鮮やかに捉えられます。

人間の科学の進歩は、こうした「より詳しい観察」の積み重ねによって着実に進んできました。

言い換えれば、「観察の精度が上がれば、世界の秘密はどんどん解き明かされる」というのが科学の基本的な信念でもあったわけです。

ところが、この直感がまったく通じない世界があります。

それが「量子の世界」です。

量子とは、電子や光子(光を運ぶ粒)といったミクロな粒子のことを指します。

量子の世界では、物質はまるで気まぐれな猫のように振る舞い、観察する行為そのものが状態を変えてしまうことが知られています。

人間が量子の世界を観察しようとすると、観察自体が量子の状態に影響を与えてしまい、肝心の情報が乱れてしまうのです。

さらに困ったことに、量子の粒子たちは「量子もつれ」という奇妙なつながり方をしてお互いに影響し合っています。

量子もつれとは、離れた場所にある粒子同士が、まるで超能力でつながっているかのように、互いの結果が強く関連して表れる不思議な関係のことです。

これはちょうど、離れた場所にある二枚のトランプが、片方をめくった瞬間にもう片方の絵柄が対応して現れるような連動をしているイメージです。

この量子もつれが起こると、系全体の情報は瞬く間にシャッフルされ、手のつけられないほど複雑に絡まりあってしまいます。

物理学者たちは、このような超高速の情報のかき混ぜ現象を「スクランブリング」と呼びます。

情報が一瞬で混ざり合い、もとの意味や形がすぐに分からなくなってしまう現象です。

古典的な世界、つまり私たちが日常的に体感している世界では、情報はゆっくりしか変化しません。

水が流れる川のように、流れが穏やかで、ゆったりと状況を把握することができます。

しかし量子の世界では、この“シャッフル”が驚くほど速く起こるため、ほんの少し観察しただけで、さっきまで見えていた情報が学び取りにくくなることがあります。

私たちが目を向けるまさにその瞬間に、量子の世界はまるで「観察されるのを嫌がるかのように」、その姿を曖昧にしてしまうのです。

こうした難問に対して、近年注目されているのが「量子コンピューター」です。

量子コンピューターは、量子力学そのものを使って計算を行う装置で、古典的なコンピューターでは計算しきれない複雑な量子現象も解き明かせるのではないかと期待されています。

まさに「毒をもって毒を制す」、量子には量子で対抗するという発想です。

しかし、この期待にも思わぬ落とし穴がありました。

その落とし穴とは、量子の世界が、少ない手順や短い操作だけでもあっという間に見かけ上ランダムな状態に見えてしまう、という性質にあります。

トランプならば、通常はカードをよく混ぜるには何回もシャッフルが必要です。

ところが量子の世界では、ほんの短い時間のごく浅いシャッフルでも、すぐにカードの順番がバラバラになっているように観測者の目には見えてしまうのです。

しかし実際には、その乱れは見かけほど完全ではありません。

内部にはまだ以前の情報がかすかに残っており、真のランダムとは限らないのです。

けれども観測者からは、あたかも完全に混ざり切ったようにしか見えないため、そこに潜む構造を見抜くのは難しくなります。

雑なシャッフルでも一見するとカードが束の中でバラバラになっていると「思い込む」のと似ています。

しかし実際には雑なシャッフルでは束の中では前のゲームの手札の影響が残っており、真のランダムな状態ではありません。

子供の頃に下半分を上半分に被せるような雑なシャッフルをして、前と同じ手で上がってしまった経験がある人もいるでしょう。

このような雑な状態を最初に持ってきてしまえば、測定結果も雑になります。

このため現在の技術では、どんなに巧妙に「観察の網」を仕掛けても、その網目より細かい情報の粒はスルリと逃げてしまうかもしれません。

もしこれが本当なら、私たち人類には原理的に観察できない領域があり、物質の性質(相の違い)や、出来事の因果関係、さらには時間の経過のような根源的な性質さえ隠されている可能性があります。

しかしそんな「観察が届かない領域」という壁は、本当に存在するのでしょうか。

もし存在するとしたら、どんな条件で、どのくらい見えなくなってしまうのでしょうか。

まさにこの問題に対して、米カリフォルニア工科大学(Caltech)のトーマス・シュースター博士らの研究チームは、数学と理論の視点から真っ向勝負を挑みました。

次ページ量子が人類に突きつけた観測の限界

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