タイムループで「作者がいない本」や「存在しない記憶を持つ人」が出現する
タイムループで「作者がいない本」や「存在しない記憶を持つ人」が出現する / Credit:Canva
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タイムループで「作者がいない本」や「存在しない記憶を持つ人」が出現する

2025.01.17 17:00:25 Friday

ある日、何の前触れもなく古びた本が見つかったとしましょう。

ページには物語や理論が整然と記されているのに、どこにも著者の名はなく、執筆過程を示す手がかりもまるでありません。

あるいは、見知らぬ誰かが「自分は遠い昔からこの世界を見てきた」と言いはじめ、それがまるで異世界から来たかのように何の論理的根拠もない不思議な“記憶”に裏付けられている……そんな話は信じられるでしょうか?

おそらく多くの人は「SFの話」と思うでしょう。

しかしヴァンダービルト大学の理論物理学者Lorenzo Gavassino博士の新しい論文により、このような著者が存在しない本が“完成した状態”で出現したり、まったく根拠のない記憶を持った人が忽然と現れるといった事態が、ある種の量子力学的現象によって理論上起こり得る可能性が示唆されました。

この仰天シナリオの鍵を握るのがアインシュタインの理論から導き出された「閉じた時間的曲線(CTC: Closed Timelike Curve)」と呼ばれる、時空がループ状につながる仕組みです。

閉じた時間的曲線(CTC)をヒントにしたタイムトラベルは、昔からサイエンス・フィクションの定番であり、人類が抱く“時空を超えた旅”への好奇心は尽きることがありません。

マンガやアニメのように、過去へ行って歴史を変えてしまったらどうなるのか……。

あるいは、有名な「祖父殺しのパラドックス」のように、「自分の祖父が出会う前に祖父を殺してしまったら、自分はこの世に生まれないはずだ」という自己矛盾をどう整理すればいいのか――想像すればするほど、タイムトラベルには多くの謎とパラドックスが付きまといます。

しかし近年、一般相対性理論と量子力学、さらには熱力学の視点を掛け合わせて考察することで、「タイムトラベルがもし実現しても、そのパラドックスは自然に解消されるのではないか」とする研究が注目を集めています。

最新の研究でもパラドックスについて革新的な考えが導入されており「CTCを持つ世界ではループする時間軸全体でパラドックスが起こらないような強制力が働く上に、ループを通過した観測者や物質が最終的に必ず初期状態に戻され、記憶までも消失するため、いわゆる“祖父殺しのパラドックス”を含むあらゆる因果矛盾が起こらない」という大胆な主張を展開しています。

つまりタイムループした人が過去にどんな無茶を働こうとしても歴史修正力と初期化システムのダブルパンチによって、パラドックスが帳消しにされるわけです。

同様のタイムルーパーによる介入を起こそうとしてもパラドックスが無効化されるとの理論は2020年の研究をはじめ複数の論文にて示されています。

さらに新研究では、ループが起こる際には冒頭で述べた「著者がいない本」や「根拠のない記憶を持つ人」のような異常な性質を持つ物体や人物が、何もない空間から瞬間的に生成され得ることが一般相対性理論・量子力学・熱力学のいずれの原理も逸脱しないまま、上手く説明することに成功しています。

私たちが普段見慣れた「時間」の感覚は、いつも未来へ向かって一本道のように思えます。起きて、食事をして、仕事や勉強をして、そして年を重ねる――そうした時間の流れに疑問を抱くことは日常ではあまりないでしょう。

しかし宇宙レベルの視点で重力や量子現象を考慮すると、時間がループし得る可能性が全くの空想ではなく、理論的な道筋を持って語れるものであることがわかるでしょう。

本コラムではまず、なぜタイムトラベルやCTCが一部の理論物理学者によって真剣に議論されるのか、また祖父殺しのパラドックスがどうしてこれほど有名で重要視されてきたのか――その背景をおさらいします。

そのうえで最新研究が突き止めた「矛盾のないタイムトラベル」像や本の著者が見つからないまま“存在する”ことや、突然得体の知れない記憶を抱えたまま現れる人間像など、かつては純粋なSF的アイデアだった現象が理論的に説明され得ることを徹底解説していきます。

Life on a closed timelike curve https://doi.org/10.1088/1361-6382/ad98df

第1章「アインシュタインわすれもの」がタイムトラベルの可能性を開く

第1章「アインシュタインわすれもの」がタイムトラベルの可能性を開く
第1章「アインシュタインわすれもの」がタイムトラベルの可能性を開く / Credit:Canva

アインシュタインの一般相対性理論によれば、重力は単なる「引っぱる力」ではなく空間と時間そのものをゆがめる存在として描かれます。

私たちが「時間は一定速度で進む」と感じるのは、あくまで日常の経験則にすぎず、実際には重力の強さや運動速度によって時間の進み方が変化することが実験的にも示されてきました。

たとえば地球上では、地表付近よりもわずかに高い場所へ原子時計を置くだけでも、重力の影響が少し弱まるため、時間の流れがほんの少し速まるのです。

では、こうした「重力による空間と時間の歪み」をさらに積極的に利用できれば、過去と未来がつながるような“ループ状の世界線”――つまり、始点と終点が同じ地点・同じ時刻に戻ってくる軌道を作ることは可能なのでしょうか?

一般相対性理論の方程式が示唆する答えは、理論上「イエス」です。

1949年、ゲーデルは一般相対性理論の方程式から、世界線の開始点と終結点が繋がっている閉じた世界線(時間的閉曲線)を可能にする解(ゲーデル解)を発見することに成功しました。

さらにこの発想を発展させ、巨大な質量を筒状にして高速回転させる「ティプラーの円筒」などの概念が提案されました。

これらは、回転による時空のゆがみや引きずりを利用して、未来の地点を過去の世界線に“つなぎ直す”ことで、タイムトラベルを実現できる可能性を理論的に示しています。

この理論では、大質量の物体が高速回転するときに、時空が特に強くねじれ、空間だけでなく“時間”までをも巻き込むように変形する可能性が想定されています。

これはしばしば「フレームドラッギング(frame dragging)」とも呼ばれ、回転体の重力場がまるで“回転する容器が中の液体をかきまぜる”ように、時間と空間の両方を引きずってしまう現象です。

この効果が十分に強くなると、世界線(物体の時空上の道筋)が過去と未来をループ状に結ぶ「閉じた時間的曲線(CTC)」を形成しうるのです。

イメージとしては4次元世界で球体をしていた粘土を棒状に伸ばしていって、リングを作るイメージに近いでしょう。

棒の端と端の部分が結ばれると、時空の始点が終点が重なります。

より具体的に言えば、2000年の1月1日と2020年の1月1日の時空がループしている場合、2019年12月31日の次の日は再び2000年1月1日になってしまうわけです。

このまま時間に沿って進むと同じタイムラインを何度も体験することになります。

そのためループ状で普通に時間に乗って進んでいくだけで、旅行者は過去と未来に何度も出会うことになります。

現実世界では、高速回転するブラックホールの周辺領域などで、このような奇妙な「閉じた時間的曲線(CTC)」が形成されるのではないかと考えられています。

ループする時空が安定すると、その中の歴史は永遠に循環します。

SFではタイムマシンの一部として、かなりの頻度で「回転する部品」が描かれていますが、回転が時空を過去と繋ぐとするのは理論的にも辻褄が合うのです。

もちろん、これを実現させるには負のエネルギーを持つ物質や膨大なエネルギー量など、現実的には極めて困難な条件を要するとされます。

しかし、一般相対性理論の数式の上では、回転する大質量天体や構造物が空間と時間を強引にねじ曲げ、同じ時刻に戻ってしまうループを生成するシナリオは排除されていません。

こうした研究は「通過可能なワームホール」の理論とも結びつき、活発な研究分野となっています。

ただ困ったことに、時間と空間を制御して過去と繋げることができたとしても、別の問題が起こります。

その問題は時空に関する欠点というより、むしろその中身に入っている物体や生命の活動に起因するパラドックスになります。

その代表と言えるのが「祖父殺しのパラドックス」と呼ばれるものです。

「もしこの閉じた時間曲線(CTC)の中で過去に戻って、自分が生まれる前の祖父を殺してしまったら、自分は存在しなくなるはずだ。だが、そもそも存在しないはずの“自分”はいったい誰が過去へ行ったのか?」

これはタイムトラベルを語るうえで、しばしば耳にする有名な思考実験です。

英語では “Grandfather Paradox” と呼ばれ、SFの題材としてはもちろん、哲学や物理学においても「過去へ干渉する」という行為がもたらす論理的矛盾を象徴する代表例として広く知られています。

実際、この発想は非常に刺激的で、私たちの因果律(原因と結果のつながり)に対する理解を根底から揺さぶります。

過去を変えれば未来も変わる、というのは直感的に当たり前のように思えますが、一方で「そもそも過去に戻る」こと自体が矛盾を生む可能性がある——これが祖父殺しのパラドックスの核心です。

タイムトラベルをめぐる物語では、しばしば主人公が過去を修正したり、歴史に介入したりして大騒動を引き起こしますが、現実の物理法則に照らしてみると、こうした「過去改変」が容易に認められるわけではありません。

ゲーデル解をもとに時間と空間については過去とのループを繋げられても、その中身が根本的な因果律に違反するなら、論理的破綻を起こしてしまいます。

こうして、祖父殺しのパラドックスは長らく「解決困難なSF的・哲学的パズル」であり続けました。

しかし、近年は量子力学と熱力学、さらには相対性理論をミックスした研究から、新たな視点でパラドックスに挑もうとする動きが高まっています。

そこで今回、ヴァンダービルト大学の理論物理学者のGavassino氏は「仮にCTC上を実際に旅できる宇宙船があったとしても、量子力学と熱力学が協調して、何らかの形で“矛盾”を回避してくれるのではないか」という仮説を検証することにしました。

次ページ第2章:因果律を守るために全ては忘れられていく

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