1+(-1)=0を証明した光実験
1+(-1)=0を証明した光実験 / Credit:Canva
quantum

1+(-1)=0を証明した光実験

2025.08.20 17:30:19 Wednesday

1 + (-1) = 0」。

数学では当たり前のこの計算が、光の世界でも成り立つのでしょうか?

フィンランドのタンペレ大学(TAU)などで行われた研究により「たった1個の光の粒(光子)を消滅させ、新たに2個の光子として生まれ変わらせる」という非常に特殊な現象の観測に成功しました。

さらに研究では最初の1個の光子がねじれが「0」の時に、新たに生じた2個の光子の一方が「+1」のねじれを持ったなら、もう片方は「-1」で帳尻を合わせるかを確かめました。

つまり、光子が消滅して新たな光子に生まれ変わるときに、「運動量の保存則」が本当に量子レベルでも保たれるのかを確認したのです。

はたして、光の世界でも「1+(-1)=0」というルールは、ミクロな量子現象を乗り越えて成り立ったのでしょうか?

研究内容の詳細は2025年5月20日に『Physical Review Letters』にて発表されました。

Conservation of Angular Momentum on a Single-Photon Level https://doi.org/10.1103/PhysRevLett.134.203601

1 + (-1) = 0」になるのか?

私たちの身の回りの世界では、「保存則」と呼ばれる基本的なルールが存在します。

まず分かりやすい例として、ビリヤード玉同士がぶつかる場面を考えてみましょう。

このとき玉が持つ「運動量」(運動の勢い)は、一方の玉からもう一方へと移動しますが、その総量は必ず変わりません(これを運動量保存則といいます)。

一方で、物が回転しているときにも「角運動量」(回転の勢い)が保存されます。

このように、物体の動きや回転に関する保存則が、物理学の基本なのです。

ところが興味深いことに、私たちが普段目にしている物だけでなく、「光」も回転するような性質を持っています。

この光の回転は、「軌道角運動量」と呼ばれる特別な性質によるものです。

これは光がまっすぐ進むのではなく、ねじれながら進むときに現れる性質です。

光の波の形が渦巻き状になることで「ねじれ」が生じ、さらにそのねじれの向きは数値で表現されます。

この値がプラスのときとマイナスのときでねじれの方向が逆になり、値がゼロの場合にはねじれがない状態を意味します。

さらに、この光のねじれ(軌道角運動量)にも保存則があり、光が物質と相互作用するときに全体の軌道角運動量の総量は一定であると考えられています。

例えば、光が物質の中で特別な相互作用(非線形光学現象)を起こすとき、高エネルギーの光子1つが消滅し、より低エネルギーの光子2つに変わる場合があります。

コラム:単一光子の分割とは?

「単一光子の2分割」と聞くと、ひとつの光の粒が包丁でスパッと二つに割れて、半分ずつの光になるようなイメージを持ちがちですが、実際に起きているのはそれとは違います。今回の研究では特殊な結晶で起きる反応(パラメトリック下方変換)によって、高いエネルギーの1個の光子が、晶中の原子の電場と一瞬だけ相互作用して消滅し、その代わりにエネルギーを分け合う2つの新しい光子が 生成 されるという手法が使われています。この現象は物理学でいう「エネルギーの変換現象」の一種です。光子とは光の粒のことですが、粒とはいえ普段目にするビー玉や砂粒のような固体の粒ではありません。光子はエネルギーの小さなかたまりであり、そのエネルギーの量によって、目に見える光(可視光)や見えない光(紫外線、赤外線など)に区別されます。「パラメトリック下方変換」では、高いエネルギーを持った1個の光子が結晶の中に入ります。結晶の中では、光子が結晶の原子が作り出す電場(目に見えない力の場)とほんの一瞬だけ相互作用します。その結果、もとの光子はその場で「消滅」し、そのエネルギーを使って新しく2つの光子が「生成」されます。つまり、最初の光子は切断されたのではなく、「消えて」そのエネルギーが2つに分けられ、新しく別々の光子として生まれ直したのです。この変化の重要なポイントは、エネルギーの合計が前と後で変わらないということです。例えば、100円玉が1枚あって、それを50円玉2枚に両替するイメージを持ってみてください。お金の枚数は増えましたが、合計の金額(エネルギー)は変わりません。同様に、この光の変換でも「エネルギーというお金」がぴったり合うため、1つの光子が2つの光子に変わっても物理的なルールにはまったく問題がありません。さらに、この新しく生まれた2つの光子には、もとの光子が持っていた「ねじれ」(軌道角運動量:OAM)と呼ばれる回転のような性質もきちんと引き継がれます。片方の光子がプラスのねじれを持つ場合は、もう片方がマイナスのねじれを持ち、その合計は最初の光子と同じになります。こうして、単にエネルギーだけではなく、もとの光子の持っていた性質までも正確に受け継がれるのです。

このような実験では、強力なレーザー光(無数の光子の集まり)が使われ、2つの光子のペアが作られる際に光全体の軌道角運動量が保存されることは以前から確認されていました。

ただし、これらのレーザー光は多数の光子を含むため、ひとつひとつの光子に関して細かく調べることが難しく、ねじれの保存が「平均として」しか分かりませんでした。

つまり、「多くの光子がいるときの平均的な結果」としての保存しか確認できなかったのです。

そこで今回、フィンランドのタンペレ大学を中心に、ドイツやインドの研究者が参加した国際チームが、これまで誰も行っていなかった実験に挑みました。

目的は、単一の光子が消滅して新たに2個の光子が生まれるときでも軌道角運動量が保存されるかどうかを確かめることです。

例えば、最初の光子が全くねじれを持っていない場合、新たに生まれた2つの光子のねじれの合計は必ずゼロになるはずです。

もし片方がプラス(+1)のねじれを持ったら、もう片方はマイナス(−1)のねじれを持ち、ちょうど「1 + (−1) = 0」が成り立つはずなのです。

これはイメージとして、左右逆方向に回転する2つのコマを同時に回したら、その回転がちょうど打ち消し合って全体では回転しないのと同じです。

このような理論は昔から知られていましたが、実際に光子1個ずつのレベルで検証した研究は今までありませんでした。

今回の研究チームはまさにこの難しい課題に初めて挑んだのです。

しかし、この実験は非常に難易度が高いものでした。

というのも、単一光子が非線形現象によって光子ペアに変換される確率は非常に低く、「干し草の山から針を探す」ような難しい作業でした。

そこで研究チームは、光学装置を極限まで安定させ、背景の雑音光を抑え、検出器の効率を最大限に高めるなどあらゆる工夫を凝らしました。

さらに長期間にわたって根気強くデータを集めた結果、十分な数の「光子の変換」イベントを捉えることに成功したのです。

こうして「1 + (−1) = 0」という角運動量保存の式が、単一光子の変換という極限状況でも保存則に従うことが実験的に確認されました(ただし、実験には誤差も含まれます)。

特に、ねじれが0の場合(lp=0)では、168時間にわたる測定で観測されたイベントの約76%が、2つの光子のねじれの合計が元の光子のねじれと一致しました。

主著者のレア・コップ博士(Lea Kopf)は「私たちの実験は、単一光子レベルでも軌道角運動量が確実に保存されることを示しています。これはプロセスの対称性に基づく重要な自然法則が、最も基本的なレベルでも成り立つことを確認したものです」と述べています。

言い換えれば、とても起こりにくい現象を、研究陣の根気と工夫によってついに実証したのです。

次ページ「保存則」の先にある可能性

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