秋になると花を包み込んで「温室」を作る
この現象は、2008年に、山形県立自然博物園のガイドを務める長岡信幸氏(92歳)によって発見されました。
長岡氏は、同県の月山(がっさん)山麓にある植物園で毎年観察を重ねる中で、「ミヤマニガウリの葉が寒さから実を守っているのではないか」と考えたと言います。
夏にはこうした葉は見られないこと、標高の低い場所でも顕著でないことが、そう考えた理由でした。
そこで長岡氏は、京都大学生態学研究センタ―と森林研究・整備機構 森林総合研究所のチームと協力し、本格的なフィールドワークを開始。
当初は、寄生虫か何かの病気が原因で、葉が異常に変化しているのだと考えられました。
ところが、観察を進める中で、ミヤマニガウリが自らの意思で葉を変化させていることが分かったのです。
ミヤマニガウリは、一年生のツル植物で、落葉樹林の縁に生息します。
雄株と雌株があり、夏の終わり〜秋口にかけて小さな白い花を咲かせて受粉し、繁殖。花はやがて果実になり、それぞれの果実の中には種子が一つできます。
花には細長い花柄(かへい)があり、距離をあけて一つずつ咲きます。
ところが、秋口になると、花柄の短い花が茎の先にかたまって開花し、さらに季節が進んで寒くなると、花の周辺の葉が広がって、果実を包み始めるのです。
こうして、それぞれの茎の先端に「温室」が作られます。
調査の結果、温室の内部は、それがない場所に比べて温度の変動が少なく、さらに、天気のよい日中には、最大で4.6度も内部温度が高くなっていました。
また、包葉による温室は、標高が高く気温が低いポイントでより厚くなる傾向がありました。
さらに、温室を取り除くと、果実の成長や生存率が低下しましたが、温室を除去する代わりに紙袋をかけると下がりませんでした。
このことから、温室は果実の繁殖に役立っていると推測できます。
一方で、ミヤマニガウリは、アブなどの昆虫によって受粉媒介される植物です。
温室は寒さをしのいでくれる反面、こうした送粉者が花に到達するのを妨害してしまいます。
そのため、温室の中の花は、同じ花による自家受粉で繁殖していると考えられますが、自家受粉ばかりでは遺伝的多様性を失う危険性があります。
温室を作ることが、防寒とは別に、交配にいかなる影響を与えているのかは、今後解決されるべき課題でしょう。