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Credit:川勝康弘
physics

磁場を当てるだけで冷える結晶を発見

2025.07.11 21:00:08 Friday

ドイツのブラウンシュヴァイク工科大学(TU Braunschweig)などで行われた研究により、緑色の鉱物「アタカマイト」が、磁石の力を与えるだけで自らを劇的に冷却する性質を持つことを明らかにしました。

通常、冷蔵庫などの冷却装置はガスやコンプレッサー(圧縮機)を使って温度を下げていますが、この結晶はそうした機械的な仕組みを一切使わず、磁場を加えるというシンプルな方法だけで急激に冷却されます。

まさに「物理学の常識を破る」ようなこの現象は、将来的に環境に優しい新しい冷却技術を生み出す可能性があります。

しかしこの謎めいた結晶はいったいどんな仕組みで磁場で冷却を起こしているのでしょうか?

研究内容の詳細は2025年5月27日に『Physical Review Letters』にて発表されました。

Defying physics: This rare crystal cools itself using pure magnetism https://www.sciencedaily.com/releases/2025/07/250705084251.htm
Atacamite Cu2⁢Cl⁢(OH)3 in High Magnetic Fields: Quantum Criticality and Dimensional Reduction of a Sawtooth-Chain Compound https://doi.org/10.1103/PhysRevLett.134.216701

なぜアタカマイトに注目するのか?

なぜアタカマイトに注目するのか?
なぜアタカマイトに注目するのか? / チリ産アタカマ石/Credit:Stefan Schorn

暑い夏の日に冷蔵庫を開けて、冷たいジュースやアイスを取り出す瞬間は最高ですよね。

逆に、寒い冬の日に暖かい飲み物を手に取ってホッと安心することもあるでしょう。

私たちが当たり前のように感じている「温度を調整する」という行為は、実はけっこう特別なことです。

冷蔵庫や暖房のような機械を使わずに磁場に晒すだけで物体の温度を変えられるとしたら、まるで魔法みたいで不思議に感じませんか?

ところが、自然界には実際にそんな不思議なことが起きる物質があります。

その一つが「アタカマイト」という美しい緑色の鉱物です。

この鉱物は、南米チリの砂漠(アタカマ砂漠)で発見されました。

きれいなエメラルドグリーンの色をしていますが、その色の秘密は銅イオンというものにあります。

銅イオンは電子をひとつだけ余分に持っていて、この電子が「小さな磁石」のように振る舞います。

つまり、目には見えませんが、銅イオンひとつひとつが小さな磁石として機能しているんです。

アタカマイトがさらに特別なのは、この銅イオンの並び方です。

アタカマイトの中では、銅イオンが「のこぎりの刃」のような特殊な形を作っています。

「のこぎりの刃」の部分は三角形が連なった形になっていて、これがちょっと厄介な問題を引き起こします。

磁石には「N極とS極」という性質があり、二つの磁石はお互いに反対方向を向いて並ぶのが安定です(N極とS極はくっつきやすいですが、同じ極同士は反発しますよね)。

ところが、磁石が三つになって「三角形の頂点」に置かれると、ちょっと困ったことが起こります。

磁石(スピン)には互いに向き合った時に、「反対方向を向きたい」という性質があります。

これはちょうど二つの磁石を近づけた時に、N極とS極が自然に引き合い、N極同士やS極同士が互いに反発するのと似ています。

二つの磁石なら簡単に反対を向き合うことができますが、三つの磁石を三角形の頂点に並べるとどうなるでしょうか?

最初と二つ目の磁石は反対の向きを向けばそれで満足です。

ところが、三つ目の磁石はどうでしょうか?

三つ目の磁石は、両側にいる二つの磁石の「どちらとも」真反対を向きたいと思っています。

しかし、この三つ目の磁石にとっては、両隣の磁石がそれぞれ違う方向を向いているので、「どっちを向いても片方とは真反対になれない」という状況になってしまうのです。

これはちょうど、仲が良くない三人が輪になって手をつなぎ、「お互いが顔を合わせないように後頭部を向け合ってください」と言われたけれども、三人目の後頭部はどちらを向いても後頭部同士が正面から向き合わない…という状態に似ています。

このように、三つの磁石が三角形に並んだときには、必ずどこかにうまく解決できない矛盾が生じてしまいます。

こうした磁石たちが「どう向けばいいのか決められずに困ってしまう状態」のことを、物理学では専門的に「磁気フラストレーション」と呼んでいます。

簡単に言うと、磁石たちが「どの方向を向いたらいいのか分からず、お互いに悩んでいる」状態のことなのです。

三角形の構造ではどこかに必ず矛盾が生じ、すべての磁石が完璧に満足できる配置が見つかりません。

このような磁気フラストレーションを持つ物質では、磁石(スピン)たちは「安定した状態」をなかなか見つけられず、常に向きを変え続けます。

そのため、非常に低い温度になるまでは、磁石がきれいに並ぶ秩序状態が形成されません。

アタカマイトの場合、この秩序が現れるのは約9ケルビン(マイナス264℃)以下という、極めて低い温度です。

それより高い温度では、磁石たちは「落ち着きのない子どもたち」のように、方向を定められずに揺れ動いています。

つまり、普通の磁石が簡単に整列する温度でも、アタカマイトでは秩序が生まれず、いつまでも乱れた状態が続くのです。

では、科学者たちはなぜ、こんな「磁石の秩序が定まらない物質」に強い関心を抱いたのでしょうか?

実は、この「秩序が不安定な状態」には、磁場や圧力などの少しの刺激を与えるだけで、磁石の状態が劇的に変化する可能性が秘められています。

これはいわば、ピンと張ったゴムがちょっとの刺激で勢いよく跳ねるようなもので、物質が劇的に変化する現象を科学者たちは「量子相転移」と呼んでいます。

特に磁場をかけることにより、「磁石が交互に並ぶ秩序状態(反強磁性)」が、まったく異なる性質を持つ状態(例えば「量子スピン液体」や「量子順磁性」など)へと急激に変化することがあります。

こうした変化が起こる特定の磁場強度を「量子臨界点」といい、このポイントでは物質内部の「乱雑さ(エントロピー)」が大きく変動します。

乱雑さとは、簡単に言えば物質内で磁石が向きを自由に変えられる程度のことで、物体のエントロピーがもし急減すれば、物体の温度を下げることにつながります。

この現象のしくみをもっとよく理解するため、研究者たちは実際に存在するアタカマイトという鉱物を使って、磁場をかけた時に磁石の秩序がどのように変化し、その結果としてどれくらいの「冷却効果」が現れるのかを詳しく調べることにしました。

はたして、この「悩める磁石たち」は強い磁場をかけると、私たちにどんな驚きを見せてくれるのでしょうか?

磁場をかけるだけで勝手に冷却されるという現象は本当にみられたのでしょうか?

次ページ磁石を近づけるだけで冷えていく「磁気冷却」の仕組み

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