数学が苦手な理由は脳内の『ネットワーク』にあった

子供の頃からどうしても数学が苦手だった、という経験はありませんか?
どれだけ先生の説明を聞いても、周囲の友達と同じように問題が解けず、落ち込んだ記憶がある人も多いでしょう。
大人になってからも、計算が必要な場面で慌てたり、自分には数学のセンスがないと諦めてしまったりする人は決して少なくありません。
実際、OECD(経済協力開発機構)が2016年に行った調査によると、アメリカやイギリス、ドイツ、フランスといった先進国では、大人の約4人に1人(24~29%)が小学校低学年(5~7歳)程度の計算力しか持っていないことが明らかになっています。
つまり、多くの人々にとって、数学は子供の頃からずっと苦手意識のある科目のまま、大人になっても克服できずにいるわけです。
こうした数学の苦手意識や苦手な状態は、単に計算ができないだけにとどまらず、仕事でのチャンスや収入、さらには健康状態にも悪影響を及ぼす可能性があります。
さらに広い視点で見ると、数学力不足が原因で失業率が上昇したり、経済全体の成長が鈍化することさえあると指摘されています。
一度生まれた学力の差は、時間とともにますます広がっていくことが知られています。
例えば小学校低学年の頃に少し計算が得意だった子は、その後もどんどん数学が得意になり、逆にその時期に苦手だった子はずっと数学が苦手なままになってしまう、という状況です。
教育の分野では、これを「マシュー効果」と呼びます。
マシュー効果とは、最初の小さな差が、雪だるま式にどんどん大きくなっていく現象を指した言葉です。
実はこの現象、数学だけではなく語学や記憶力など、様々な学習分野で見られる一般的な傾向です。
これまで教育の現場では、このような学力差を解消するために「教える側」、つまり先生や教材、学習環境の改善に多くの努力を払ってきました。
先生の教え方を工夫したり、わかりやすい教材を作ったりといった方法がその代表です。
しかし近年、教育の効果を高めるためには、「学ぶ側」、つまり生徒の脳の仕組みそのものに注目する必要があるという考えが徐々に広がってきています。
人間の脳は人それぞれ異なり、生まれつき脳の中で特定の領域同士のつながりが強い人もいれば弱い人もいます。
こうした生まれつきの脳の性質が、学習能力や得意・不得意に大きな影響を与えていることがわかってきたからです。
特に数学の学習においては、前頭前野(おでこの奥にある脳の領域)と頭頂葉(頭のてっぺん付近の領域)という2つの領域が連携して働くことが非常に重要であることが、これまでの研究で明らかになっています。
前頭前野は、問題をじっくり考えて解く際の集中力や、情報を整理する能力を担っています。
一方の頭頂葉は、覚えた知識や方法を素早く引き出し、応用する力を支えています。
数学の問題を解く時、この2つの領域が互いにうまく連携できれば、計算をスムーズに進めることができます。
しかし、生まれつきこの2つの領域の連携が弱い人も多くいます。
その場合、どれだけ努力をしてもなかなか数学が得意にならないということが起こり得るのです。
そこで、イギリスのサリー大学やオックスフォード大学を中心とした研究チームは、あるユニークなアイデアを思いつきました。
「もし脳内の領域同士の連携が弱い人でも、外から刺激を与えてその連携を強化できれば、数学の苦手を克服できるのではないか?」というものです。
このアイデアは、学習の苦手な理由を本人の努力不足ではなく、脳内の神経回路のつながりという生物学的要因に求めるものでした。
実際のところ、脳に外部からの刺激を与えることで、人の数学の苦手意識や成績を改善することは本当に可能なのでしょうか?