持久力=筋肉の時代は終わり?燃料管理センターとしての脳

部活やジムで走り込みをすると、最初はすぐ息が上がるのに、しばらく続けると不思議と長く走れるようになります。
多くの人は「脚の筋肉が強くなったから」「心臓や肺が強くなったから」と考えますし、教科書にもそう書かれます。
実際、教科書レベルの説明では、持久力トレーニングの効果は、骨格筋や心臓、代謝、ホルモンの変化など“末梢のリモデリング(体の作り替え)”が主役だとされてきました。
一方で、運動が脳の神経回路を作り替えることも古くから知られており、新しい神経細胞が増えたり、神経同士のつながり(シナプス)が増えたりします。
ただしそれらは、「運動した結果としての良いおまけ」であって、持久力そのものを生み出す原因とはあまり考えられてきませんでした。
脳の神経同士の接続が多少変わったところで、持久力のような筋肉的なものが変わるはずがないと思われていたからです。
しかし近年、脳内にはどれくらいエネルギーを使用するかを決めている「燃料管理センター」とも言うべき領域が存在することがわかってきました。
そして、その部分にあるニューロン(SF1)の働きが鈍いと、燃料管理が上手くいかなくなり、マウスが運動トレーニングをしても持久力が伸びにくくなることが示唆されるようになってきました。
ただ、その仕組みはよく分かっていませんでした。
そこで今回、ペンシルベニア大学などの研究チームは、「本当に脳内にスタミナにかかわる持久力脳細胞のようなものが存在しているのか?」「存在しているとしたら、操作したら何か変わるのか?」という疑問に挑むことにしました。
トレーニングで鍛えられていたのは脳回路だった
本当に脳内の回路でスタミナが左右されるのか?
答えを得るために研究者たちはまず、マウスをトレッドミルで走らせ、その前後で先に話に登ったSF1ニューロンの活動を調べました。
調査にあたっては神経が活動状態になると光る仕組み(カルシウムイメージング法:活動すると光が変わる観察法)を使用して、1週間の運動の前後でマウスのSF1ニューロンを調べました。
その結果、走り終わった直後に強く反応する活性化細胞の割合が、トレーニング1日目の約3割から、8日目には5割強まで増え、反応の強さも大きくなっていました。
次にチームは、「脳側にも“筋トレ”のような変化が起きているのではないか」と考え、SF1ニューロンの電気的な性質と、神経の枝につく小さなトゲ(スパイン:シナプスの付け根)を詳しく測りました。
すると3週間のトレーニングを受けたマウスでは、SF1ニューロンの自発的な発火頻度が、運動していないマウスの約3倍近くまで増えており、ほとんど動かなかったSF1ニューロンが、ほぼ見られなくなっていました。
また、興奮性シナプスからの入力の頻度も約2倍に増え、樹状突起のスパインの密度もほぼ2倍になっていました。
つまり、運動を続けると、筋肉だけでなく「SF1ニューロン自身も、よく反応する・よくつながるように作り替えられていく」ことが分かります。
では、この“鍛えられたSF1ニューロン”は、本当に持久力アップに必要なのでしょうか。
研究者たちは、同様の3週間の運動トレーニングをテタヌス毒素(神経の信号を止める道具)でSF1ニューロンのシナプスからの出力をほぼ止められたマウスに対して行ってみました。
すると最大酸素摂取量(体が取り込める酸素の最大量)は普通のトレーニングマウスと同じなのに、持久力がほとんど伸びていないことがわかりました。

さらに、通常なら運動で強くなる筋肉の遺伝子スイッチも、SF1を止めたマウスではほぼ変化しませんでした。
つまり、筋肉側の変化を引き出すには、脳のSF1からの指令が必要だったのです。
最後に、研究チームは「いつのSF1活動が大事なのか」を切り分けました。
研究者たちは光刺激で脳細胞を制御する仕組み(オプトジェネティクス:光で神経をオン・オフする技術)を使用し、運動後に毎回15分だけSF1ニューロンを不活性化させると、持久力が伸びないことがわかりました。
一方、運動が終わったあと1時間にわたってSF1ニューロンを光で軽く刺激してやると、同じメニューをこなしているにもかかわらず、最終的な持久力テストでの走行距離、最大スピード、仕事量(運動でこなした量)がいずれも対照マウスより大きくなりました。

この操作をしたマウスでは、対照群より長く走れる例が増え、中には研究者たちが“ヘラクレス級”と表現するほどスタミナを得た個体もいました。
運動中ではなく、「走り終わった直後の余韻タイムのSF1活動」が、次回のスタミナを底上げするスイッチになっている可能性があるわけです。
ある意味で「走り込みの本体は、実は“休憩時間の脳”だった」とも言えるでしょう。
持久力トレーニングは脳トレでもある

今回のマウス研究により、「持久力トレーニングの効果を引き出すには、筋肉や心臓だけでなく、SF1ニューロンという特定の脳細胞が活動し、しかもトレーニングによって鍛えられていく」ことが示されました。
走った回数が増えるほどSF1ニューロンへの興奮性入力とシナプスが増え、それが次の運動のときにより強い出力となって全身の代謝を動かす――というモデルを研究者たちは提案しています。
では運動後のSF1ニューロンは具体的に何をしているのでしょうか?
研究者たちは、「燃料の補給とエンジンの改造」を同時に進めている可能性を挙げています。
これまでの研究から、SF1を刺激すると血糖値が上がり、肝臓や筋肉に貯めるグリコーゲンの補充が進む可能性もあると報告されています。
また、筋肉ではPGC-1αというたんぱく質(燃費の良い筋肉への作り替えを進める分子)の発現が高まり、次回以降の運動で脂肪と糖をより効率よく使えるようになりうるとされます。
つまり、SF1ニューロンは「トレーニング後の身体改造計画」をまとめて引き受ける役割をしていると考えられます。
研究者の1人ベトリー氏は「私たちは筋トレをしているとき、筋肉だけを鍛えていると思いがちです。でも実は、脳も鍛えているのかもしれません」と述べています。
しかし「じゃあ人間も神経をいじってスタミナを増やせばいい」と、すぐには言えません。
今回の研究対象はマウスであり、人間でも全く同じ結果が出るとは限らないからです。
ただ研究者たちは類似の仕組みは人間にも存在する可能性があると考えており「塩やサプリメントでこのニューロンを刺激できればスタミナを上昇させられるかもしれない」と考えているようです。
さらに「運動の効果を最大限に引き出すためには、筋肉だけでなく脳の持久力回路をどう働かせるかが重要だ」という視点は、トレーニングの考え方を静かに変える可能性があります。
アスリートや部活生にとっても、休憩時間に脳がしっかり回路を買い換えられるような生活リズムや栄養状態を考えるきっかけになるかもしれません。
もしかしたら未来の世界では、ジムの休憩室にSF1ニューロン刺激装置が置いていて、運動の成果を飛躍的に高められるサービスになっているかもしれません。





















