体を「モノ」として見られる経験とは

今回のテーマは「性的な客体化」と呼ばれるものです。
これは、人が一人の人間としてではなく、主に見た目や性的な魅力で評価され、モノのように扱われることを指します。
社会全体の問題として語られがちですが、多くの女性が最初にこうした圧力に出会うのは、自分の家の中だとされています。
たとえば、親戚から体形について何か言われたり、魅力的に見えるようにと迫られたり、家族がほかの女性について性的な言葉を口にするのを目にしたりする経験です。
研究者たちが土台にした「客体化理論」によると、こうした見られ方をくり返し浴びた女性は、やがて自分自身も同じ目で見るようになることが多いといいます。
これは「自己客体化(自分を外から眺めるモノのように見てしまうこと)」と呼ばれます。自己客体化する人は、自分がどう感じるかや何ができるかよりも、外から見た自分の見た目を常にチェックし続ける傾向があるとされます。
研究を率いたドーン・M・シマンスキー教授らは、人生の早い時期に受けた性的な客体化は、とくに大きな影響を持ちうると述べています。
今回チームが確かめたかったのは、家庭でのこうした経験が、性的な主体性(相手に自分の望みを伝えたり、望まない行為を断ったりできる力)と結びついているかどうかです。
調査に参加したのは、ある大学に通う平均19歳ほどの女性700人で、全員がパートナーとの性経験をもっていました。
参加者はオンラインのアンケートで、育つ過程で家族が自分の見た目やほかの女性の体についてどれくらい口にしていたかを答えました。
さらに、今の自己客体化の強さ、性行為の最中に自分の体の見え方がどれほど気になるか、自分の望みや境界線をどれだけ相手に示せるかも測りました。
では、家庭で体を品定めされて育った女性たちには、どんな傾向が見られたのでしょうか。
家族の言葉と「ノー」をつないでいたものとは?

分析の結果、家庭で性的な客体化をより多く経験したと答えた女性ほど、今の自己客体化も強い傾向がありました。
このつながりは、中くらいの強さのものでした。
なお分析では、恋人がいるかどうかの影響も差し引いています。
そして家庭での客体化は、性行為の最中に体の見え方を気にしやすいことや、望まない性行為を断りにくいことと、直接にも、自己客体化を通しても結びついていました。
つまり、家族から体を評価されて育った女性ほど自分を外からの目で眺めるようになり、その心の状態が「ノー」の言いにくさにつながっている可能性があるのです。
さらに家庭での客体化は、自己客体化を通して、自分の望みを相手に伝えにくいこととも関係していました。
チームは、直近1か月に性的な行為があった533人について、オーガズムの頻度や得やすさ、満足度も調べています。
その結果、家庭での客体化は4つの道筋を通じて、間接的にオーガズムの少なさと結びついていました。
その道筋とは、①自己客体化が強いこと、②断る力が弱いこと、③自己客体化から断る力の弱さへと続く流れ、④自己客体化から望みの伝えにくさへと続く流れです。
研究者たちは背景として、2018年の全国調査を挙げています。パートナーとの性行為で普段または毎回オーガズムを得ると答えた人は、異性愛の男性で95%、同性愛の女性で86%だったのに対し、異性愛の女性では65%でした。
そして過去の研究から、こうした差を理解するには体の仕組みよりも心理や人間関係の要因のほうが重要だと述べています。
ただし、家庭での経験から性的な主体性やオーガズムへと続くつながりは、家庭での経験と自己客体化のつながりよりも小さなものでした。
また今回の調査は、ある時点で一度だけ答えてもらったものなので、家庭での経験が原因だとは言い切れません。
参加者の大半は、白人で異性愛の女子大学生だったことも押さえておく必要があります。
それでも研究者たちは、家庭で性的な客体化を受けた女性がそのメッセージを取り込み、自分をモノとして扱い始めるのかもしれないと考えています。
そしてその自己客体化が、望みを伝えることや望まないときに断ることを難しくし、最終的には性行為での満足感やオーガズムにも響く可能性があるというのです。
望まない性行為に「ノー」と言いにくいことは、子どものころに家庭で浴びた言葉とも結びついているのかもしれません。
次の親戚の集まりでは、「太った?」の代わりに「元気だった?」から始めてもらいたいものです。





















ふむふむ
可哀想な家庭は辛いなぁ