水銀の核分裂をめぐる奇妙な発見

私たちがふだん目にする「水銀」は、体温計や温度計に使われるように、常温で唯一液体の金属として知られています。
しかし、その「原子核」がどんなふうに割れるのかということは、あまり知られていません。
そもそも「核分裂」という現象は、原子核が2つ以上に分かれることで、通常はウランやプルトニウムなどの重い元素でよく研究されています。
これらの重い元素は、内部にある「殻構造」と呼ばれる特殊な配置が原因で、大きさの違う2つの破片に不均等に割れる「非対称分裂」を起こし、質量分布が山のように2つに分かれます。
一方、水銀のような比較的軽い元素では、核の内部構造よりも、液体がちょうど真ん中で均等に分かれるように、ほぼ同じ大きさで分裂すると考えられてきました。
実際、これまでの理論では水銀もまた、均等な質量分布(一山型)を示すはずだったのです。
なぜ核分裂に不均等と均等があるのか?
核分裂は、原子核がいくつかの小さな破片に分かれる現象です。実はこの「分かれ方」には、大きく分けて2つのパターンがあります。それが「均等分裂」と「不均等分裂」です。ウランやプルトニウムのような重い元素の場合、よく知られているのは「不均等分裂」です。つまり、できる破片の大きさがだいぶ偏っていて、一方が大きく、もう一方は小さいというタイプの分裂をします。これはなぜでしょうか?
実は、原子核の中では陽子や中性子がある「特別に安定な配置」を好んでいて、これを殻構造と呼んでいます。核の内部は、ピーナッツの殻のようにいくつかの殻が重なり合っていて、特定の数(魔法数)の陽子や中性子を含むとき、核は非常に安定してエネルギーが低くなるのです。ウランなどの重い原子核が分裂するときは、「魔法数」を含む安定な中くらいの大きさの破片ができやすいため、自然ともう片方が小さくなり、バランスが崩れて不均等な分裂が起こります。
一方、水銀のような比較的軽い元素の場合は、一般的に「均等分裂」が予想されています。これは、核がそこまで大きくないため、殻構造の影響よりも液滴のような性質(液体が引っ張られてちょうど真ん中で割れるイメージ)が勝つからです。このため左右ほぼ同じ大きさに均等に割れるはず、というのがこれまでの常識でした。
ところが2000年代に行われた実験で、水銀の中でも特に珍しい「水銀180」というタイプが、まるで重元素のように「大小の破片に偏って」割れるという予想外の結果が得られました。
この「二峰性」と呼ばれる特殊な分裂パターンは、従来のモデルではまったく説明がつかず、核物理学者たちを困惑させ、長年にわたる謎となっていました。
水銀180とは?
「水銀180(¹⁸⁰Hg)」という名前を聞いても、ピンと来ない人がほとんどかもしれません。実は、水銀にはいくつかの種類(同位体)が存在し、そのうちの一つが水銀180なのです。水銀は通常、室温で液体の金属としてよく知られています。普通に私たちが目にするのは「水銀202(¹⁰²Hg)」や「水銀200(²⁰⁰Hg)」などの安定な同位体ですが、水銀180は自然界にはほとんど存在しません。実験室などで人工的に作られ、寿命も短いため、普段の生活ではまず見ることはない珍しい存在です。
そもそも軽いはずの水銀が、なぜ重元素のような奇妙な分裂パターンを見せるのでしょうか?
その謎を解くために、国際的な研究チームは、これまでにない新しいシミュレーション手法を用いて、水銀の核が割れる仕組みを探ることに挑みました。
彼らが目指したのは、水銀180が対称的ではなく、「二山型」の不均等な質量分布で分裂するその根本的な原因を理論的に解き明かすことでした。
果たして、その謎はどのような実験とシミュレーションによって解明されたのでしょうか?