水銀原子核が「頑固」な理由とは?核分裂研究の未来
今回の研究によって、「水銀の核が不均等に分裂する理由」が初めて明らかになりました。
その原因となったのは、核の中にある「殻構造」と呼ばれる特別な安定性が、高いエネルギー状態でも頑固に消えずに残るためでした。
一般的に核分裂では、エネルギーが高まるにつれて核の内部構造の影響は薄れ、均等に割れやすくなるはずです。
しかし水銀の場合は、まるで「割れにくい頑丈なクルミ」のように、その殻構造が最後まで強く主張し続け、大きさの異なる2つの破片に割れることになります。
つまり、水銀は軽くても原子核の中身が非常に頑固だったのです。
さらにこの研究では、これまであまり注目されていなかった「多段階分裂」も、核分裂にとって非常に重要であることが明らかになりました。
多段階分裂とは、核が割れる直前に中性子を放出し、エネルギーを一度失ってから改めて割れる現象ですが、この過程が特に破片が飛び出す際の運動エネルギーに大きな影響を与えることが分かりました。
これは、「破片がどれくらいの速さで飛び散るかを調べれば、核が中性子を放出したかどうかが分かる」という、新しい分析方法につながる可能性があります。
また、この研究から意外な新発見として、「スーパー・ロングモード」と呼ばれる特殊な核分裂の形態が、水銀180には全く見られないことも分かりました。
スーパー・ロングモードとは、核が細長く伸びきったあとで均等に割れる特殊なパターンで、ウランのような重い元素ではよく知られていました。
しかし、水銀180ではこのモードが完全に消えており、不均等に割れる経路しか存在しないことが明らかになったのです。
この意外な結果は、「水銀180には均等に割れようとしても、絶対に割れられない理由がある」ということを示しています。
その背景には、核が分裂する際の「分裂しやすさ」を決めるエネルギー障壁の違いが関係していると考えられており、今後さらに詳しい研究が期待されます。
(※実は自然界にもよくある水銀202や200など安定同位体が均等分裂することも実はまだ証明されていません。これらの同位体は自然界では非常に安定で、自発的に分裂することはなく、人工的に核分裂を誘発する実験もほとんど行われていません。あくまでも「理論的に予測されているだけ」という段階にあります。これらの予測を確かめるには、将来的な実験研究が必要というのが実情です。)
今回の成果は、核分裂という現象を理解するための重要な一歩になりました。
これまではウランやプルトニウムなどの重い元素が主な研究対象でしたが、今回の新しいモデルによって、軽い元素である水銀の核分裂も同じ枠組みで説明できることが示されたのです。
研究チームは、この5次元Langevinモデルが、さまざまな元素の核分裂現象を高い精度で予測できる非常に有力なツールになることを確認しています。
この発見は、「核分裂についての私たちの常識」を塗り替えるものであり、まだ知られていない他の元素や核分裂のパターンを解き明かすための重要な手がかりとなるでしょう。
水銀の核に秘められたこの驚くべき性質は、核物理学の長い歴史の中でも特に興味深い新事実として記憶され、私たちが核を理解する新しい扉を開くきっかけになるに違いありません。