「液体金属」水銀、その核には誰も知らなかった謎があった

なぜ水銀の核は、軽い元素なのに重元素のような奇妙な割れ方をするのでしょうか?
この謎を解き明かすため、研究者たちはまず、水銀の核が実際に割れる様子を正確に再現できる、まったく新しいシミュレーション手法の開発に挑戦しました。
彼らが使ったのは「5次元Langevinモデル」と呼ばれる最新の計算手法です。
従来のモデルは、核が割れる直前の静止した状態だけを考えるため、水銀のように刻々と変化する軽い核の動きをうまく再現できませんでした。
そこで今回のモデルでは、核が安定した状態から徐々に伸びたりくびれたりして、ついには破片に割れるまでの一連の過程を細かく計算し、その動きを追いかけられるようにしたのです。
この新しいモデルによって、核の内部構造(殻構造)がエネルギーによってどのように影響を受けるのかもリアルに再現できるようになりました。
研究チームはまず、この5次元Langevinモデルを用いて、水銀180の核分裂をシミュレーションしました。
水銀180の核を人工的に作り出すため、アルゴン36(36Ar)をサマリウム144(144Sm)という物質に衝突させる反応を再現しました。
また比較のため、別のタイプの水銀(190Hg)についても同様にシミュレーションを行いました。
すると驚くべきことに、このモデルは、水銀180が実際の実験で示した「二山型の不均等な分裂パターン」を見事に再現して見せたのです。
つまり、シミュレーションの中でも、水銀180の核は均等ではなく、大小2つの偏った破片に分裂しました。
この結果は実験データと非常に良く一致しており、これまで誰も解けなかった水銀の謎に初めて明確な説明を与えました。
一方、水銀190では、エネルギーの高い状態では従来の予想どおり均等な一山型に分裂することも確認されました。
この結果は新しいモデルは、軽い原子核が示すさまざまな分裂の仕方をまとめて説明できる有力なツールであることが示されたのです。
さらに、この研究の面白い発見はまだあります。
研究チームはシミュレーションを詳しく解析したところ、水銀180という原子核は、かなり高いエネルギー(30〜50 メガ電子ボルト:MeV)を持った状態になっても、核の内部にある「殻構造」が非常に強く残っているということです。
核の中身には、陽子や中性子がまるで玉ねぎやピーナッツの殻のように、いくつかの「殻」をつくって安定した構造を持っています。
普通は、核が高いエネルギーを持つようになると、これらの殻の影響はだんだん弱まっていき、まるで水滴が引き伸ばされてちょうど真ん中で2つに割れるように、ほぼ同じ大きさの破片に分裂しやすくなると考えられていました。
ところが水銀180の場合、予想とは全く逆のことが起きていたのです。
エネルギーをかなり高く与えられたにもかかわらず、核の中の「殻構造」が頑固に消えずにずっと影響を及ぼしていました。
この殻構造が核の分裂を均等ではなく、「一方が大きく、もう一方が小さい」ようなアンバランスな破片に分ける原因になっていたのです。
この結果は、これまでの核分裂の「常識」を覆すものでした。
また研究チームは、核が分裂する直前に中性子を放出する現象(多段階分裂)が、この結果にどのような影響を与えるかも検証しました。
中性子が出ることで核のエネルギーは変化しますが、この影響がどこまで重要なのかはあまり知られていませんでした。
解析の結果、核が割れる際の破片の大きさの比率には多段階分裂はほぼ影響しませんでしたが、破片が飛び出すときの運動エネルギーには大きな影響を与えることがわかりました。
つまり、水銀核が割れる直前に中性子を出すかどうかは、「どのような速さで破片が飛び出すのか」という点に大きく関係していることが明らかになったのです。
これは実験で実際に測定できる指標であり、多段階分裂を調べる新たな手がかりとして注目されています。