原子の世界で「シュレーディンガーの猫」が上映される

量子コンピュータは「量子ビット」をたくさん使って計算します。
量子ビットとして原子を使う方式は、同じ種類の原子なら性質がほぼ同一で扱いやすいという強みがあります。
原子は真空中でレーザーの力で「光のピンセット」に捕まえることができます。
このピンセットを格子状や好きな形に並べると「原子配列」という計算の土台ができます。
ところが原子は確率的に捕まるため、用意した全ての場所に原子が入るとは限りません。
実験では平均でおよそ65%の場所にしか原子が入らず、残りは空席になります。
空席があると予定した回路が組めず、計算の品質が落ちてしまいます。
そこで空席に向けて原子を移動させ「欠陥ゼロ」の配列を作る工程が不可欠になります。
従来は原子を一つずつ運ぶ方法が主流でした。
このやり方だと原子の数が増えるほど手順が増え、準備時間がどんどん長くなります。
人数の多いクラスで席替えを先生が一人ずつ誘導すると時間がかかるのと同じです。
一度にまとめて動かそうとする試みもありましたが、計算が遅くなったり途中で原子が抜け落ちたりしやすいという課題がありました。

つまり「大規模に速く、しかも欠陥ゼロで並べる」という三つの条件を同時に満たすのが難しかったのです。
本研究は発想を「直列」から「並列」に切り替えます。
イメージとしては、全員が同時に一歩ずつ進んで所定の席に近づく方式です。
研究チームは、光のパターンを賢く設計して原子全体を同時に誘導することで、かかる時間を原子数にほぼ依らない水準に抑えることを目指しました。
その結果として、短時間で大きな原子配列を欠陥ゼロに近い状態へ整える「基盤技術」を確立することがこの研究の目的です。
この技術が実現すれば、量子コンピュータに必要な大量の高品質量子ビットを素早く用意でき、量子誤り訂正などの実装にも弾みがつきます。
また、配列の形を柔軟に変えられるため、量子シミュレーションなど他の応用にも広く役立ちます。