私たちは「5度目の宇宙」に生きている?

ひょっとすると、私たちは「5度目の宇宙」に暮らしているのかもしれません。
そんな突拍子もない想像が、最近では現実味を帯びてきました。
時間も空間もビッグバン(最初の大爆発)で始まったと学校で習いますが、宇宙好きなら一度は「ビッグバンの前には何があったのだろう?」と疑問に思ったことがあるでしょう。
実は科学の世界でも、この疑問は長年根強く残っていて、サイクリック宇宙論(宇宙が膨張と収縮を永遠に繰り返すという仮説)が研究されてきました。
これなら「宇宙の始まり」を特別扱いせずに済むため、哲学的にも魅力があります。
近年ではノーベル賞物理学者ロジャー・ペンローズ氏がコンフォーマルサイクリック宇宙(CCC)という、宇宙が無数のサイクル=aeonを繰り返すモデルを提唱しました。
「今の宇宙の前にも別の宇宙があったかもしれない」と示唆され、さらに宇宙背景放射の中に前の宇宙の痕跡を探す研究も報告されています。
ところが、宇宙が繰り返し生まれ変わるという発想には大きな壁がありました。
それはエントロピー(乱雑さの尺度)の問題です。
宇宙が膨張と収縮を繰り返すたびにエントロピーは増え続け、各サイクルは前のサイクルよりも「乱雑」になっていきます。
このため完全に同じ状態に戻る「真の循環」は難しく、100年近く前から「宇宙は繰り返せないのでは?」とも言われてきました。
一度散らかった宇宙は、二度と元通りにならないというイメージです。
最近では、この問題を解決するために「各サイクルで宇宙が極端に膨張しエントロピーを希釈する」という新しいモデルも提案されましたが、それでも「永遠の過去」は作れず、やはり何らかの始まりが必要になると考えられています。
では、今回の研究は何が違うのでしょうか。
研究チームはQMM(Quantum Memory Matrix:量子メモリ行列)という全く新しい理論枠組みでこの難題に挑みました。
QMMでは、時空そのものを無数の小さな「メモリセル」の集合体と考えます。
各セルは素粒子の通過や重力・電磁気力など、あらゆる相互作用の情報を記録する装置のように働き、宇宙全体が巨大なメモリーバンク(記憶庫)として機能するとされます。
宇宙は進化するだけでなく「記憶する」存在だというわけです。
ただし、各セルには情報を書き込める容量が限られています。
物質が崩壊する際に発する量子情報(エントロピー)がセルに刻まれ、情報の書き込みが限界に達した領域では、空間がリセットされて新たな膨張が始まる(ビッグバウンス)と考えられます。
つまり宇宙はサイクルごとに「情報の帳簿」に記録を残しながら、物理的な状態は初期化して再スタートするのです。
この仕組みでは熱的エントロピーは各サイクルで局所的に減らせる一方で、情報(インプリント・エントロピー)は単調に増加し続けるため、宇宙に「時間の矢」が生まれると説明されています。
まるで宇宙が自分の履歴を書き留める日記を持っているようなイメージですが、この大胆な発想によって、長年「エントロピーの壁」と呼ばれてきた問題を乗り越えようとしているのです。
この量子メモリ行列(QMM)モデルが解き明かそうとする問いは、大胆でありながらシンプルです。
「宇宙はこれまで何回バウンス(収縮と再膨張)を経験したのか?」
「この宇宙にはあと何回サイクルが残されているのか?」
そして「すべてのサイクルを通算した“宇宙の年齢”はどれくらいになるのか?」
普通なら測りようがないと思われるこの壮大な疑問に対し、研究チームは巧みなアプローチで答えに挑んでいます。