なぜ説得はうまくいかないのか?脳の2つのメカニズム
まず最初に理解すべきなのは、説得がうまくいかない理由は、その人が愚かだからでも意地悪だからでもないということです。
問題はもっと根深く、人間の脳の仕組みに起因しています。
ホフマン博士が紹介する重要な神経メカニズムは、報酬予測誤差と情報の主観的価値という2つの概念です。

報酬予測誤差(Reward Prediction Error:RPE)とは、期待した結果と実際の結果のズレに対する脳の反応のことです。
期待より良い結果が起これば、脳はドーパミンを放出して「これは学ぶ価値がある」と判断します。
一方で、期待より悪い結果だとドーパミンの分泌は抑えられ、「これは避けるべきだ」と判断されます。
この反応は主に線条体や前頭前野といった脳の部位で起こり、学習や意思決定に関わっています。
つまり、意外なほど良い体験、すなわちポジティブな驚きが相手の脳に学習と行動変容を促すのです。

もう一つの重要な仕組みは、主観的な情報価値(Subjective Value of Information:SVOI)です。
これは、どれだけ正しい情報でも「自分と関係ない」と感じると、脳がその情報に価値を認識しなくなるというものです。
自分の目標やアイデンティティに合う情報であれば、脳はそれを高く評価します。
逆に、自分に無関係だと感じる情報は、脳にとって無意味なものとして処理されてしまいます。
SharotとGarrettの2016年の研究によれば、主観的価値が高い情報は脳の報酬系が強く反応することが明らかになっています。
つまり、ただ正しい情報を提示するだけでなく、それが相手にとって意味のあるものであることが重要なのです。
この2つの仕組みを理解することで、よくある論破や否定、恐怖喚起といった説得法が、なぜ逆効果になるのかがわかってきます。