量子トンネル内の様子は謎に包まれていた

電子のような非常に小さな粒子の世界では、日常の感覚とは異なる不思議な現象が多く起こります。
そのひとつが「量子トンネル効果」と呼ばれるもので、粒子が本来なら超えることのできないエネルギーの壁(ポテンシャル障壁)を、あたかも壁が存在しないかのようにすり抜けてしまう現象です。
例えば、私たちがボールを壁に向かって投げつけた場合、壁がボールより高いエネルギー障壁であれば必ず跳ね返ります。
ところが、電子のような微小な粒子の世界では、壁の向こう側へ突然現れるように通り抜けることがあるのです。
これはあまりにも直感に反するため、まるで幽霊が壁をすり抜けるような不思議な現象とも言われています。
こうした奇妙な現象を初めて正しく説明したのが、1920年代に誕生した「量子力学」という学問分野でした。
量子力学は、ミクロな世界の粒子のふるまいを数学的に記述する理論ですが、その登場以降、科学者たちはトンネル効果を理論的にも実験的にも深く研究してきました。
今日では、量子トンネル効果は単なる理論的な興味を超えて、私たちの生活に直結する重要な役割を担っています。
たとえば、スマートフォンやパソコンなどに不可欠な半導体部品も、この量子トンネル効果を利用して電流を流しています。
半導体の中では、微細な壁(障壁)を電子がトンネルすることで初めて電気信号が伝わるのです。
また、私たちが暮らす地球に生命のエネルギーを供給している太陽内部の核融合反応も、トンネル効果が無ければ起こりません。
太陽の中心では、水素原子核同士がぶつかり合って融合しますが、そのとき粒子は障壁を通り抜けて初めて反応を進めることができます。
このように重要な量子トンネル効果ですが、その仕組みにはまだ謎が残されていました。
それは「粒子が障壁を通り抜ける途中で何をしているのか」という疑問です。
実は、トンネル効果を数学的に表現したり、粒子がトンネルに入る前後の状態を観測したりすることは、これまでの研究でもある程度可能でした。
しかし、粒子がまさに障壁の「中」を通過している間の様子を直接観測することは、非常に難しい問題だったのです。
なぜなら、粒子がトンネルを通過中に何らかの方法でそれを観測しようとすると、粒子の微妙な量子的状態が壊れてしまい、本来のトンネルの性質を捉えることができないからです。
そのため、トンネルの「内部」は完全なブラックボックスのような存在であり、粒子の動きや状態を直接知る術はこれまでありませんでした。
こうした状況の中、科学者たちはトンネルの中で粒子が特別な動きをしている可能性について理論的に検討を進めてきました。
特に近年注目されていたのは、「粒子がトンネルの中でエネルギーを蓄えたり、何らかの未知の相互作用を起こしたりしているのではないか」という仮説でした。
この仮説がもし本当であれば、私たちがトンネル現象をこれまでより深く理解できるばかりでなく、トンネルを利用する様々な先端技術を進化させることが可能になるかもしれません。
しかし、こうしたトンネル内部の仮説を実験的に検証することは極めて困難で、長年の課題として残されていました。
そこで今回の国際研究チームは、「トンネル内部で電子がどのようにふるまい、どのような状態を経由しているのかを明らかにする」ことを大きな研究目的として掲げました。
この目的を達成するために、国際的な協力のもと、実験と理論の両方を駆使してこの難問に挑戦しました。
そこで今回研究者たちは精密な実験で検証することによって、トンネル効果のブラックボックスを開ける試みに挑みました。