量子もつれは熱力学第二法則と関連しているのか?

私たちの部屋は、普通に生活をしていると次第に散らかってしまいます。
いったん散らかってしまうと、それを元通りに整理整頓するには多くのエネルギーが必要で、自然にきれいに戻ることはほぼありません。
物理学の世界にも、これと非常によく似た現象があります。
それは「エントロピー増大の法則」または「熱力学第二法則」と呼ばれています。
この法則は、「孤立したシステムの乱雑さ(エントロピー)は、自然に増えることはあっても、勝手に減ることはない」という原理を示しています。
つまり、一度増えてしまった「乱雑さ」は、何もしないまま完全に元の整った状態へ自然に戻ることはありません。
このため、熱力学第二法則は「時間の流れが一方向にしか進まない理由」として知られています。
一方、量子の世界には、私たちの日常では想像しにくい奇妙な現象がいくつかあります。
その代表例が「量子もつれ」です。
量子もつれとは、二つの粒子が、まるで目に見えない糸でつながっているかのように、離れていても完全に同期して動くという不思議な相関のことです。
片方の粒子を観察すると、もう片方の粒子の状態が瞬時に分かるという現象で、これはアインシュタインも不思議に感じたほど奇妙なものです。
近年、この「量子もつれ」は、量子コンピューターや量子通信といった、次世代の情報技術を支える非常に重要な基盤として注目されています。
しかしこの量子もつれは、「もつれの強さ」という量で定量化でき、その量が変化する様子は、熱力学のエントロピーと驚くほど似た特徴を持つことが知られていました。
このため、多くの物理学者は「もしかすると量子もつれにも、熱力学第二法則のような一方向のルールが働いているのではないか?」と疑問を持ち始めました。
実際、理想的な条件下である「純粋状態」と呼ばれる完璧な量子もつれ状態に関しては、この疑問はすでに答えが出ています。
純粋状態の量子もつれであれば、別のもつれ状態に完全に変換した後でも、再び元の状態へきれいに戻すことができることが「数学のレベルでは」示されていました。
つまり、「理想的なもつれ」は完全な可逆性を持ち、エネルギーが減ることのない理想的なバネのような性質を示していました。
(※これは熱力学によって動くカルノーエンジンが理想的な状態を示す状況と似ていると言えるでしょう)
しかし実際には、私たちが量子通信や量子コンピューターで扱う量子状態は必ず何らかの外部ノイズや乱れを受けてしまい、「混合状態」と呼ばれる、少し乱れた状態になってしまいます。
そしてこの「混合状態」の量子もつれは、純粋な状態とは大きく異なり、一度操作をすると再び完全に元のもつれ状態に戻せないことが分かっていました。
たとえるなら、完璧に整えられた髪が一度雨や風で乱れてしまうと、自分の手で整えても完全には元の状態には戻らないような状況です。
特に極端な例として知られる「バウンドもつれ」という量子状態では、量子もつれを作り出すためにエネルギーや資源を消費しているにもかかわらず、その後は役立つ量子もつれを一切取り出すことができません。
これはまるで、お金をかけて複雑な機械を組み立てたのに、組み立て終わった途端にもうその機械を使って有益な仕事ができないという状況に似ています。
つまり、現実的な量子状態のもつれは「一度使ったら元に戻せない使い捨ての資源」のようにしか使えないというのが、これまでの量子情報科学の常識だったのです。
こうした状況に対して、科学者たちは次のようなアイデアを考えました。
それは「もつれ電池(エンタングルメントバッテリー)」と呼ばれる特別な量子システムを用意して、もつれを前もって蓄えておき、不足したときに貸し出し、操作が終わった後に再び同じ量を戻してもらうという仕組みです。
化学反応で、触媒が反応を促進しながら自分自身は変化しないのと同じように、このもつれ電池は自らの量子もつれを減らすことなく、他の量子系のもつれを自由に変換する助けとなります。
では実際に、このような「もつれ電池」を用いて、本当に量子もつれを自由自在に変換し、完全に元の状態に戻せるのでしょうか?
そして、理論的に示されたこの新たな可能性を、研究者たちはどのようにして証明したのでしょうか?