500日間を洞窟でどう過ごしたのか?
遭難を題材にした作品はよく見かけますが、多くは無人島など開放的な場所を舞台にしています。
しかし、宇宙のような暗闇や、深い洞窟の奥など、太陽を基準とした時間の変化も感じられない場所で、長期間他人と接することもなく隔離された人間はどうなるのでしょうか?
そんな疑問を検証する人体実験がスペインで実際に実施されました。
この無謀な人体実験に挑戦したのは、スペインの登山家でエクストリームスポーツのプロでもあるベアトリス・フラミニ(Beatriz Flamini)氏です。
(フラミニ氏のインスタグラムはこちら『beatriz_flamini』)
彼女は2021年11月21日に、スペイン南部アンダルシア州のグラナダにある洞窟に入り、地下生活をスタートしました。
当時はまだロシアによるウクライナ侵攻も始まっていません。
実験を始めたとき、フラミニ氏は48歳だったといいます。
洞窟は地下70メートルの深さにあり、光は射さず、まったくの暗闇です。
フラミニ氏は手頃なスペースに簡単なシートと照明を設置して、原始的な生活を始めました。
実験中は科学者・心理学者・洞窟学者らとメッセージサービスを通し、体調や環境に異常がないか定期的に連絡を取り合っていましたが、直接会うことは一切していません。
洞窟の中では運動をしたり、本を読んだり、絵を描いたり、編み物をして過ごしたそうです。
食料に関しては、実験を補助するサポートクルーが指定された降下地点に食料を置いておき、それを後でフラミニ氏が取りに行くというスタイルでした。
また排泄物についても、5日に1度くらいの頻度でサポートクルーが持ち帰り、処理してくれたという。
ただお互いが接触することはしていません。
挑戦から約300日後に技術的な問題が発生したため、フラミニ氏は8日間洞窟から離れることになりましたが、その間もテントを張って一人で生活し、クルーとはほぼコミュニケーションを取りませんでした。
洞窟内での生活は2台のGoProで撮影しています。
最も過酷だったのは、洞窟の中に大量のハエが侵入してきたときで、フラミニ氏は全身をハエに覆われてしまったという。
それから「幻聴」も頻繁に起こったといいます。
実験中は誰とも言葉を交わさず、周りも静寂に包まれているため、「無言でいると脳が勝手に言葉を作り出していました」と話しました。
そして当初の目標としていた500日間が過ぎた2023年4月12日、サポートクルーが洞窟に降りていき、実験は無事終了しました。
フラミニ氏は当時のことをこう振り返ります。
「チームが迎えに来たとき、私は眠っていたか朦朧としていましたが、何かが起こったことは分かりました。
そして私は『まさか、もう終わり?』と彼らに向かって呼びかけたのです。まだ読みかけの本がありましたから」
フラミニ氏が洞窟から帰還する瞬間はスペインのTVE放送局によりカメラに収められており、現場にはチームの他に家族や知人も駆けつけていました。
サポートクルーによると、彼女は500日の生活中に60冊の本を読み、約1000リットルの水を飲み干したといいます。
フラミニ氏は1年半の挑戦を終え、50歳になっていました。
その後の記者会見でフラミニ氏は、今回の挑戦について「何事にも勝る素晴らしい体験でした」と話しています。
最初に気づいた大きな異変は、地上と洞窟での「時間経過の知覚」の違いでした。
フラミニ氏は挑戦開始から65日目までは日数をカウントしていたそうですが、その後は急速に時間の感覚を失っていったと説明しています。
実際、サポートクルーが500日目に迎えにきたとき、彼女はまだ160〜170日しか経っていないと思っていたという。
フラミニ氏は「時間というものがいかに流動的で、正確に時を刻む時計よりもむしろ、自分の記憶や周囲の環境によって形成されるかに気づきました」と話しました。
私たちの多くは、仕事や日常のルーティンワーク、太陽の昇り沈みで1日の時間経過を規則的に実感しています。
しかし太陽の動きが分からず、決まった仕事や社会的交流もない洞窟では、規則的な時間感覚が消失して、フラミニ氏自身の感情や記憶に依存するようになったのでしょう。
また当然ながら、彼女はこの500日間に起こったことは、ウクライナ侵攻もコロナパンデミックの状況も含めて何も知りません。
フラミニ氏は「私はまだ2021年11月21日に囚われている状態です」と話しています。
フラミニ氏が撮影した映像記録は近々、ドキュメンタリーとして配信される予定とのことです。