量子重力が描く“ブラックホールの真実”とは

ブラックホールは、まるで宇宙が自らのルールを拒むかのような壮大なパラドックスです。
一般相対性理論によれば、ブラックホールに近づくと空間の体積は劇的に縮小し、ある地点ではゼロにまで落ち込みます。
同時に、時空の曲率――すなわち空間そのものの歪み――は無限大に達するのです。
これは、あたかも宇宙のエンジンが暴走し、物理法則そのものが破綻してしまうかのような状況を意味しています。
実際、1915年にアインシュタインが一般相対性理論を発表した直後から、この「特異点」という現象は科学者たちの間で議論の的となりました。
逸話によれば、アインシュタイン自身も自分の理論が示すこの極限状態に戸惑い、「もしこの結果が正しければ、私たちの物理学は根本から覆される」と危惧したと伝えられています。
さらに、20世紀後半にロジャー・ペンローズやスティーブン・ホーキングが示した特異点定理は、ブラックホール内部に避けがたい「崩壊点」が存在することを理論的に裏付け、学界に大きな衝撃を与えました。
言い換えれば、現在の古典的な重力理論だけでは、どうやら私たちの宇宙の極限状態にうまく対応できない、という大きな宿題を突きつけられているのです。
このような背景から、クラシカルな理論ではブラックホールの中心部がまるで「禁断の領域」のように扱われ、そこでは通常の物理法則が通用しなくなると考えられていました。
一方で、素粒子や原子など微小な世界を扱う量子力学の枠組みは、情報の保存や時間の連続的な進化(ユニタリティ)を重視します。
この量子力学と重力理論の統合が「量子重力」であり、特異点をどう扱うかはその核心的な課題の一つです。
もし特異点をそのまま受け入れてしまうと、時空そのものが途切れてしまい、量子論が前提とする「連続した状態の進化」がうまく維持できない可能性があるからです。
とりわけ興味深いのがブラックホール内部です。
古典論では、観測者がブラックホールに落ち込み始めてから中心に到達するまでが有限時間で済んでしまい、そこから先は理論が“お手上げ”状態になります。
しかし、果たしてそこで本当に曲率が無限大になるのか、それとも量子の世界では別のシナリオが開けているのか、ブラックホールに呑み込まれた情報はどうなるのか、特異点という「最終ゴミ捨て場」は本当に存在するのか。
こうした問いを突き詰めると、特異点がそもそも形成されない“回避メカニズム”が潜んでいるのではないか、という可能性に行き着きます。
そこで今回シェフィールド大学(University of Sheffield)の研究者たちは、このブラックホール内部の特異点を量子重力の視点から再検討することにしました。
すると予想を上回る驚きの結果が得られます。