宇宙誕生直後の数兆度の「宇宙のスープ」を再現――濃厚な後味を探る
宇宙誕生直後の数兆度の「宇宙のスープ」を再現――濃厚な後味を探る / Credit:Canva
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宇宙誕生直後の数兆度の「宇宙のスープ」を再現――濃厚な後味を探る

2025.07.15 22:00:19 Tuesday

宇宙誕生直後の宇宙は、想像を絶する超高温高密度の「原始スープ」に満ちていたと考えられています。

国際研究チームが行った最新の研究によって、そんな宇宙の始まりの極限状態を、地球上の実験室で再現したところ、原始スープが冷めていくときには想像以上に濃厚な後味(=輸送係数)が残っていたことが示されました。

超高温高密度の原始スープが冷めていくとき、素粒子たちはどのような動きを見せていたのでしょうか?

研究内容の詳細は2025年5月19日に『Physics Reports』にて発表されました。

Charm and bottom hadrons in hot hadronic matter https://doi.org/10.1016/j.physrep.2025.05.002

宇宙誕生直後の「素粒子パーティー」

宇宙誕生直後の「素粒子パーティー」
宇宙誕生直後の「素粒子パーティー」 / Credit:Canva

宇宙はどのようにして生まれたのか――これは誰もが一度は考えたことがある永遠の問いです。

現在の宇宙は穏やかで安定した環境に見えますが、実は宇宙誕生直後は想像を絶する激しさでした。

その頃の宇宙は、あまりにも熱く、あまりにも激しいため、普段は強力な絆で閉じ込められているはずの素粒子さえ自由に動き回れるほどだったのです。

私たちの身の回りにある物質は、どんなに硬く見えるものでも小さな原子という粒が集まってできています。

その原子の中をのぞいてみると、中心に原子核があり、その中に陽子や中性子という粒子が仲良く詰まっています。

さらに陽子や中性子は、クォークというもっと小さな粒子が集まってできています。

クォークは非常に密接で常に集まっていたい性質を持っていますが、面白いことに決して一人では陽子の外に出てくることができません。

それはクォーク同士を強く結びつける「グルーオン」という粒子が、「絶対に外に出てはいけない」としっかりつなぎ止めているからです。

まるでゴム紐でしっかりと結ばれた友達同士のように、離れようとしても紐の力で引き戻されてしまいます。

ところが、宇宙が誕生してすぐのほんの一瞬(それでも宇宙の歴史の中では重要な瞬間です)、温度は1兆度をはるかに超え、現在の太陽の中心よりもずっと熱い、究極の極限状態でした。

この極限状態では、クォークを束縛していた「色の力」と呼ばれるゴム紐のような力がうまく働かなくなってしまいます。

なぜなら、高温でたくさんの粒子が激しく動き回っているため、「デバイ遮蔽」という現象によって、クォーク同士を長く引きつける力がかき消されてしまうからです。

【コラム】デバイ遮蔽とは何か?

「デバイ遮蔽」という言葉を聞くと、難しい物理現象に感じられるかもしれませんが、実は日常的な出来事にも似た現象があります。例えば、騒がしいパーティー会場を想像してみてください。会場が非常に混雑していると、自分の友達の声は近くにいればよく聞こえますが、少し離れてしまうと周囲の騒音にかき消されてしまいます。物理の世界でも似たようなことが起きます。宇宙誕生直後の超高温状態では、非常にたくさんの粒子が猛烈なエネルギーで激しく動き回っていました。粒子同士は本来、お互いを強く引き付けたり押し離したりする力で結びついていますが、粒子が多すぎると、間にあるたくさんの粒子がその力を「邪魔」することになります。その結果、粒子同士の力は近くでは強く働きますが、距離が離れると急速に弱まってしまいます。この効果を「デバイ遮蔽」と呼ぶのです。言い換えれば、デバイ遮蔽はまるで「混雑したパーティーの騒音」のように働いて、クォーク同士のコミュニケーションを妨げてしまう現象と言えるでしょう。デバイ遮蔽のおかげで、クォークたちは宇宙が生まれた瞬間だけ、まるでパーティー会場で自由に動き回る人のように自由な状態を楽しめるようになったのです。

こうして、クォークたちは初めて自由になり、グルーオンと一緒に宇宙空間を好き勝手に飛び回れるようになりました。

このように、クォークとグルーオンが完全に自由な状態で混ざり合い、猛烈な勢いで動き回っている状態を科学者は「クォークグルーオンプラズマ(QGP)」と呼んでいます。

言うなれば、激しく盛り上がった「素粒子たちのパーティー」のような状態です。

しかし、この熱狂的なパーティーは永遠に続きませんでした。

宇宙は急速に膨張して温度が下がり、クォークたちは再び集まりはじめ、今度は原子核の中に閉じ込められていきます。

この時、激しかった素粒子たちのパーティーの「後味」がどのように残ったのかを知ることが、宇宙の起源や初期宇宙の性質を探るためには極めて重要になります。

この宇宙誕生直後の物質の「後味」、つまり素粒子がどれくらい動きやすかったのか、どのくらい粘り気があったのか、といった性質を科学者は「輸送係数」という言葉で表します。

ただし、宇宙誕生直後にタイムマシンで戻って、実際にこの「宇宙スープ」をかき混ぜてみることは当然できません。

そこで科学者たちは、この宇宙誕生直後の環境を地球上で再現することにしました。

再現された極限状態の宇宙スープを調べるための理想的な「測定器」になるのが、チャームクォークやボトムクォークという非常に重いクォークを持つ粒子(重粒子)です。

これらの重粒子はまるで超重量級の粘度計のように機能し、宇宙誕生直後の激しく熱いスープの粘り気や動きやすさを敏感に感じ取ることができるのです。

これまでの研究では、主にクォークグルーオンプラズマそのものの性質や、その中での粒子のエネルギー損失などについて多くのことがわかってきました。

しかし、宇宙が冷え始めて再びクォークが閉じ込められ、普通の粒子(ハドロン)に戻っていく段階ではどのようなことが起きていたのでしょうか?

実はこの「パーティーが終わった後」の冷却過程での粒子のふるまいについては、まだ十分には理解されていませんでした。

本当に宇宙誕生の瞬間の謎を完全に理解するには、このパーティー後の冷却段階の調査が欠かせないのです。

では、実際の実験では、どのようにして宇宙誕生直後のスープを再現し、その「後味」を調べているのでしょうか?

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