私たちのDNAに隠れた「ネアンデルタール遺伝子」の謎を解く

ネアンデルタール人と聞くと、博物館で見た骨格や、どこか古くて頑丈な印象を抱く人も多いのではないでしょうか。
実際、19世紀にドイツで初めてネアンデルタール渓谷で発見されたネアンデルタール人の化石は、がっしりとした体つきや独特な頭の形をしていて、人々の想像力をかき立ててきました。
私たち現代人(ホモ・サピエンス)の祖先は、約6万年前にアフリカから旅立ち、ユーラシア大陸でネアンデルタール人やデニソワ人という別の人類たちと出会い、交雑したことが分かっています。
そして驚くべきことに、そのとき受け継いだ彼らの遺伝子の一部は、今も私たちのDNAの中に残っているのです。
現在、ヨーロッパやアジアをはじめとするアフリカ系以外の人類のDNAには、約1〜4%ほどネアンデルタール人から受け継いだ部分が含まれています。
また、メラネシア地域の人々に限っては、デニソワ人という別の絶滅人類から約6%もの遺伝子を受け継いでいることがわかっています。
しかし、このような絶滅人類から受け継いだDNAが、具体的に現代人にどんな影響を与えているのかは、まだまだ謎に包まれています。
最近では、多くの研究者が「私たち現代人と、絶滅したネアンデルタール人やデニソワ人の体つきの違いは、ゲノムのどの部分の差異によって生じたのか?」という問題に興味を持ち、研究を進めています。
これまでの進化研究の世界では、生き物の体の形を変えるのは、主に「遺伝子のスイッチ」にあたる「調節領域」と呼ばれるDNAの変化だと考えられてきました。
これに対して、遺伝子がタンパク質そのものの設計図になっている「コード領域」の変化は、タンパク質の働きを壊してしまい、体に重大な異常や病気を引き起こすため、進化にはあまり役立たないとされてきました。
ところが最近、この考え方が見直され始めています。
タンパク質自体がわずかに変化したとしても、それによって新しい機能が生まれ、体の形にも小さくない影響を及ぼす可能性があることがわかってきたのです。
今回研究チームが注目した「GLI3(グリ・スリー)」というタンパク質は、生き物が母親の胎内で育つとき、骨や臓器の正しい形を作り上げる重要な役割を持っています。
興味深いことに、ネアンデルタール人とデニソワ人では、このGLI3タンパク質の1537番目のアミノ酸が、現代人とは異なる種類のアミノ酸に変わっていました。
具体的には、現代人が持つ「アルギニン(R)」というアミノ酸が、「システイン(C)」という別のアミノ酸に置き換わっています。
たった一箇所のアミノ酸の変化ですが、GLI3タンパク質が働くときに微妙な影響を与える可能性があります。
しかも、このネアンデルタール人とデニソワ人が持っていた「GLI3 R1537C」と呼ばれる変異は、現代の私たちのDNAにもまだ残っています。
そうなると気になるのは、この小さな変異がどのように体の形を変えるのかということです。
この疑問を解くため、研究チームは具体的な実験を行いました。
では実際に、このネアンデルタール型GLI3変異が体の形づくりに与える影響とは、一体どのようなものだったのでしょうか?