ビッグバン直後の宇宙スープは予想外に「濃厚」だった

どのようにして宇宙誕生直後のスープを再現し、その「後味」を調べるのか?
調査にあたって研究者たちはまず、巨大な粒子加速器を使って、鉛のように非常に重い原子核を光の速さに極めて近い速度まで加速させます。
そして、この猛スピードで動く原子核同士を正面衝突させるのです。
すると、衝突の瞬間には、宇宙誕生から数マイクロ秒後に存在した超高温・超高密度の「クォークグルーオンプラズマ(QGP)」が生まれます。
この時の衝突点の温度は、なんと太陽の中心温度の10万倍以上、約1兆度という驚異的な高温に達します。
これはまさに、宇宙誕生直後の激しい環境を地球上に小さなスケールで再現しているようなものです。
この激しい衝突によって、クォークやグルーオンを含む大量の粒子が生成されます。
その中には特に重要な役割を果たす重いクォーク(チャームクォークやボトムクォーク)も生まれます。
こうした重いクォークは、生成された瞬間から他の軽い粒子とは異なる動きをします。
質量が大きいため、最初の激しい爆発(クォークグルーオンプラズマ生成直後)でも周囲の軽い粒子ほど高速で飛び出さず、比較的ゆっくりと動き始めるのです。
先にも述べたように重いクォークは、この激しく熱い粒子のスープの中を通り抜ける間、スープの性質(例えば粘度や動きやすさ)を敏感に感じ取りながら進んでいきます。
そして次第にクォークグルーオンプラズマは急速に冷え始め、自由に動き回っていたクォークたちは再び集まり、「ハドロン」と呼ばれる安定した粒子(陽子や中性子など)へと姿を変えていきます。
そして、このハドロン物質の状態になった後でも、重いクォークを含む粒子(例えばDメソンやBメソンなどの重粒子)は、周囲の軽い粒子と何度も衝突しながら、冷めゆく粒子スープの中をゆっくりと通り抜けます。
このプロセスは、例えば、混雑したプールに重いボールを落とした場合を想像すると分かりやすいでしょう。
ボールを水面に落とすと最初は激しい水しぶきがあがりますが、時間が経つにつれてその波は収まっていきます。
しかし波が収まった後も、ボールは水の中で泳いでいる人々に何度もぶつかりながらゆっくりと動き続けます。
実験での重いクォークもまさにこの重いボールのように、最初の激しい衝突(クォークグルーオンプラズマ)段階を通り過ぎた後でも、冷えていく環境(ハドロン物質段階)で衝突を繰り返しながらゆっくりと動きます。
研究者たちは、実験から得られた重い粒子の運動データを詳しく調べました。
具体的には、実際の実験データと理論的なシミュレーションを照らし合わせて、粒子がどのようにエネルギーを失い、粒子同士の相互作用でどのようなパターン(流れ)を示したかを細かく解析したのです。
その結果、これまで注目されていなかった「冷えた後のハドロン段階」においても、重い粒子は予想以上に多くの粒子とぶつかっていることが明らかになりました。
しかも、この冷却段階での粒子同士の衝突が、重い粒子が最終的に検出器で観測される際のエネルギーや運動方向に大きな影響を与えていることが判明したのです。
つまり、重いクォークを含む粒子たちは、最初の激しいクォークグルーオンプラズマ状態を通過した後の「冷めていく宇宙スープ」の状態も含めて、その動きや衝突の履歴をしっかりと記録していたことになります。
言い換えれば、重い粒子は宇宙誕生直後の激しい環境だけでなく、その後の冷却過程の情報までをもタイムカプセルのように現在に届けているのです。
実験を主導した研究者の一人、フアン・M・トーレス=リンコン博士(バルセロナ大学ICCUB)は、この点について「この冷却段階は、粒子がエネルギーを失いながら一緒に流れる現象を理解する上で欠かせないものです。この段階を無視してしまうと、宇宙誕生という巨大なパズルの肝心なピースを見逃してしまうことになります。」と語っています。
では、こうした実験で明らかになった「宇宙スープの後味」は、宇宙誕生の謎を理解する上でどのような新しい洞察をもたらすのでしょうか?