なぜ「質の悪いAI翻訳本」が出回りやすくなったのか
現在は、著作権の切れた古典文学の原文をオンラインで簡単に入手できます。
そして、AIや機械翻訳を使って別の言語に変換し、セルフ出版サービスから販売することができます。
とくにドストエフスキーやマキャヴェリなど、作品がパブリックドメインになっている著名作家は、その対象になりやすいとブラッドフォード氏は指摘します。
古典作品を公開するサービスもあり、原文を手に入れて翻訳本を作るまでのハードルは以前より低くなっています。
実際、ブラッドフォード氏自身も、オンラインでジュール・ヴェルヌ作品の英訳本を購入した際に、この問題を意識するようになったそうです。
その本は「現代の読者向け」をうたっていましたが、実際の文章は1877年に出た初期の英訳と同じくらい古風で、文章の体裁も出版業界の標準から見て粗雑だったといいます。
そのため彼はAIが使われながら、その事実が示されていないと判断し、本を開いて3分もしないうちに返金を受けました。
では、なぜこうした本が問題なのでしょうか。
文学翻訳は、単語を別の言語に置き換えるだけではありません。
登場人物の話し方、文章のリズム、皮肉やユーモア、作品が書かれた時代背景まで読み取り、別の言語でどう表現するかを考える必要があります。
そのため、プロの文学翻訳者が1作品を読み、調べ、訳し終えるまでには数カ月から数年かかることもあります。
またAIは完全に中立な価値観をもっておらず、とくに植民地時代の文学などに含まれる古い人種的ステレオタイプを反映させてしまう可能性があります。
こうした部分は作品の歴史的背景を理解したうえで慎重に扱う必要がありますが、現在のAIには荷が重いようです。
さらに大きいのが「量」の問題です。
時間をかけて作られた人間の翻訳が、大量に生み出されるAI支援翻訳の中に埋もれてしまうなら、読者が良質な翻訳へたどり着きにくくなる可能性があります。
では、私たちはこうした「質の悪いAI翻訳本」をどのように見分けることができるでしょうか。

































