月あかりに照らされた「死の舞踏会」
満月が僅かに欠けはじめた夏の暑い夜、それは起こります。
海洋に生息する「イソツルヒゲゴカイ(Platynereis dumerilii)」は生殖時期になると、消化管を退化させて「食」を捨て、全身に精子と卵子を蓄積させて、全身の筋肉を強化されます。
少し前までは、数センチほどの生命体だった彼らは、今や泳ぐ精子タンクあるいは卵子タンクとなって、海面まで浮上していき、オスとメスは「結婚のダンス」を踊りながら、体内に詰まった精子と卵子を海中に放出します。
彼らのニョロニョロとした細長い体を気にしなければ、まるで月明かりに照らされた舞踏会と言えるでしょう。
しかしイソツルヒゲゴカイたちは変身過程で消化管を二度と使用できないほど委縮させてしまっており、月明かりの舞踏会は出席者全員の死と共に幕を閉じます。
地球上では多くの生命が月の満ち欠けにあわせて行動することが知られています。
ウミガメやサンゴなどが満月の夜に卵を産むことを知っている人も多いでしょう。
人間の月経周期が満月に影響されるかは議論がありますが、いくつかの研究では、女性ホルモンは月の満ち欠けに大きく影響を受けており、満月の前後で生理が多くなると報告しています。
月の満ち欠けは29.5日のほぼ完全なサイクルをしているため、多くの種が生殖のタイミングを計るために利用しているのです。
しかしここで大きな疑問が出てきます。
月の光は太陽光の40万分の1しかありません。
イソツルヒゲゴカイたちをはじめ、月のサイクルを利用している生命たちはどのような仕組みで強い太陽光に惑わされることなく、柔らかな月の光を検知しているのでしょうか?