赤い体は強い紫外線から身を守るため
カベアナタカラダニは北半球のユーラシア大陸に広く分布し、日本でも北海道〜沖縄まで全域に存在します。
体長1ミリ前後とダニの中では大型な上に、全身が真っ赤なので肉眼でもよく見えます。
本種が属するアナタカラダニ属は、他のタカラダニ科のダニ類とは大きく異なり、幼虫時代に他の昆虫に寄生することがありません。
また、幼虫〜成虫に至るすべての世代で花粉を主な餌にする特徴を持っています。
(ダニの多くは髪の毛やフケ、アカ、食べかす、カビを好物とします)
本種の存在は昔から知られており、誰もが見かけたことがあると思います。
しかし、実はなぜド派手な赤色をしているのかについては科学的に調査されていませんでした。
そこで今回の研究チームは、彼らがコンクリートの上でも目立つ赤色をしている理由について調査を行ったのです。
アナタカラダニは東京ではだいたい春先の3月なかばに発生し、コンクリート壁など日当たりの良い人造構造物に生息し、梅雨の頃に卵を産んで、次の春まで卵で休眠します。
そのため、カベアナタカラダニは、春先の強い紫外線にさらされやすい環境で暮らしています。
研究チームはこの点が、彼らの赤い体色に関連しているのではないかと考えました。
紫外線が当たると細胞に有害な活性酸素が発生します。これは私達にとっても有害なもので、シミ、ソバカスや皮膚がんの原因になったりします。
そのため、紫外線にさらされやすいカベアナタカラダニも活性酸素の生成による酸化ストレスに対処する必要が出てきます。
抗酸化作用のある物質として、自然界で有名なのがカロテノイドです。
これは野菜のトマトやニンジン、生物ではフラミンゴやロブスターが派手な赤や橙色をしている原因の色素で、彼らの酸化ストレスの防御に重要な役割を持っています。
同じダニ類で、植物の葉上で強い日光にさらされて生活する「ミカンハダニ(学名:Panonychus citri)」も、カロテノイドの一種「アスタキサンチン」を合成・蓄積することで、酸化ストレスから身を守っていることが知られています。
そこで研究チームは、カベアナタカラダニにも同様のことが起こっているのではないかと考え、色素中のカロテノイド組成を測定することにしました。
その結果、カベアナタカラダニのド派手な赤い色素(カロテノイド)は、抗酸化作用を持つアスタキサンチン(60%)と3-ヒドロキシエキネノン(30%)、少量のβ-カロテン(2%)から構成されていることが判明したのです。
ミカンハダニは、これまで知られているダニのうちで、アスタキサンチンの量がかなり多い種でしたが、カベアナタカラダニはそれを遥かに上回る127倍もの量を持っていたのです。
これは既知の甲殻類を含む微小節足動物の中でも最も高いレベルだという。
ロブスターなどが赤い原因にも関連するカロテノイドをそれだけ大量に持つからこそ、カベアナタカラダニは頭からつま先まで全身が真っ赤だったのです。
さらに、彼らの有するカロテノイドは餌となる花粉から合成されており、高い抗酸化活性を持っていることが分かりました。
よってド派手な赤い色素は、太陽の紫外線やコンクリート壁の強い輻射に対して、カベアナタカラダニの生存を大いに助けていると考えられます。
ところで、赤色に生存のためのメリットがあることは分かりましたが、それは同時に重大なデメリットが生んでいるのではないでしょうか?
ずばり、派手さのせいで捕食者に見つかりやすくなることです。
しかし研究者によると、その点は何の心配もないとのこと。
というのも、彼らの天敵であるアリやカメムシは、赤色に対する視細胞を持っていないため、赤色が識別できないのです。
なので、私たちにとってはコンクリートの上で異様に目立つ彼らの赤色も、捕食者の狩猟行動に影響は与えていないと考えられます。
今まで知っていて気になってもいたのですが、調べた事はなく、今日スッキリしました。
詳しい解説ありがとうございました。