海に戻れない理由は「外骨格のレシピ」にある?
昆虫が海にいない理由としてはこれまで、
1)塩分など海水環境に適応できない理由がある
2)水圧で体内の気管が壊れてしまう
3)魚による捕食圧が高すぎる
といった様々な仮説が立てられていました。
しかし近年、外洋や深海でも生存できる昆虫種(ウミアメンボやゾウアザラシシラミ)が報告されるにつれて、これらは説得力に欠けるものとなっています。
(※ ゾウアザラシシラミは、ゾウアザラシにしがみついて水深2キロ以上まで潜ることができ、世界最強の水圧耐性を持つ)
現時点で最も有力視されているのは「昆虫が海で獲得できるニッチ(生態系での地位)が、甲殻類によって占有されており、後からつけ入る隙がない」という説です。
ただこの仮説も推測の域は出ておらず、スッキリした説明はいまだ提唱されていませんでした。
そこで研究チームは今回、昆虫にとって命を守るために必須の「外骨格」に注目しました。
昆虫と甲殻類の「外骨格」を比べてみた
過去20年以上の遺伝子研究で、昆虫と甲殻類は遺伝的に近縁関係にあることが明らかになっています。
先行研究によると、昆虫はもともと海にいた甲殻類(ムカデエビとの共通祖先:下図を参照)の一部が陸上に進出したことで誕生しました。
このとき外骨格の存在は、乾燥や温度変化からの保護など、陸に進出する上で有利に働き、節足動物が他に先駆けて一早く上陸できた最大の要因のひとつとされています。
ここでチームは「やがて昆虫へと進化する過程で甲殻類とは違う遺伝子を獲得し、それを用いた”昆虫独自の外骨格”を作るようになった」という仮説を提唱します。
その根拠は以下の通りです。
昆虫は「マルチ銅オキシデース2(MCO2)」と呼ばれる酵素と空気中にたっぷりある酸素分子をかけ合わせる化学反応によって、外骨格の硬化を行っています。
そしてチームが調査したところ、MCO2は昆虫が独自に進化させた酵素であって、甲殻類には存在しないことが分かったのです。
一方で、水中には陸上と比べて30分の1程度しか酸素が含まれていません。(この点も昆虫の海への進出を妨げる障害のひとつと考えられる)
ところが水中をホームとする甲殻類は、酸素の代わりに、海水に豊富に含まれるカルシウム(Ca)を利用して外骨格を硬くしているのです。
またカルシウムを材料とした方が、外骨格はより頑丈で重みが増すことになります。
このように酸素は豊富だがカルシウムが少ない「陸上」と、酸素は少ないがカルシウムが豊富な「海中」とでは、外骨格の作り方が大きく異なるのです。
昆虫はカルシウムの代わりに酸素と独自の酵素を用いることで、軽量化されたボディアーマーを作り出すことに成功しました。
これはのちに昆虫が飛行能力を発達させる上で重要な成果だったはずです。
しかしながらチームは「カルシウムを用いた頑丈な外骨格を持つ甲殻類が待ち構える海水中は、外骨格を効率よく硬くできない昆虫にとって過酷な環境になる」と指摘します。
たとえば、甲殻類のように重みのある外骨格の方が海底に留まるのに便利ですが、昆虫のように軽すぎてぷかぷか浮いていると、魚にすんなり食べられてしまいます。
つまり昆虫たちは、独自に進化させた外骨格が水中では不利に働くために海に戻ろうとしないのでしょう。
「このような考えは過去誰も提唱していない独自の新仮説だ」と研究者は述べています。
今回の新説はすでに著名な海洋昆虫学者からかなり肯定的な反響を得ているそうで、今後、昆虫学界の台風の目となりそうです。