海と陸では「外骨格のレシピ」が全然ちがう!
「なぜ昆虫は海に進出できないのか?」
この問題はもう100年以上も前から議論されていることです。
これまでの説としては
1)塩分など海水環境に適応できない理由がある
2)水圧で体内の気管(昆虫が呼吸に使っている器官)が壊れてしまう
3)魚による捕食圧が高すぎる
4)昆虫が海で獲得できるニッチ(生態系での地位)が、甲殻類によって占有されており、後からつけ入る隙がない
といった様々な仮説が立てられています。
ただどの仮説も推測の域は出ておらず、科学的にスッキリした説明は提唱されていませんでした。
そんな中、東京都立大学と杏林(きょうりん)大学の研究チームが2023年に有力な新説を発表します(Physiological Entomology, 2023)。
それによると、謎の答えは昆虫と甲殻類における「外骨格のレシピ」の違いにあるとのこと。
一体どういうことか?

昆虫と甲殻類が遺伝的に近縁関係にあり、外骨格のレシピの一部も互いに共通している点は確かにあります。
例えば、エビの殻に含まれる「トロポミオシン」という物質は、私たちが毛嫌いする”黒光りのG”の外骨格にも含まれているのです。
しかしそれでも昆虫と甲殻類の外骨格には大きな違いがあります。
まずもって、甲殻類の殻は海水に豊富に含まれている「カルシウム(Ca)」を主原料として使っています。
カルシウムを材料とすることで、外骨格がより頑丈で重みが増すことになるのです。
これは天敵の攻撃から身を守ったり、海中の高い水圧に耐えるのに欠かせません。
一方で、4億年以上前に陸に上がったムカデエビは愕然としたことでしょう。
陸上には海とは違ってカルシウムがほとんどなかったからです。
しかし陸上でも乾燥や天敵から身を守るには硬い外骨格が必須。また昆虫は中がふわトロなので、外骨格がなければまともに歩けません。
「どないしよ?」と考えた昆虫の祖先はカルシウムではなく、空気中に豊富にある「酸素」を代用することにしました。
空気中には海中とは違って30倍以上の酸素量があったからです。

研究チームが調べたところ、昆虫は空気中にたっぷりある酸素分子に加え、「マルチ銅オキシデース2(MCO2)」と呼ばれる酵素をかけ合わせる化学反応によって、外骨格の硬化を行っていることが判明しました。
そしてこのMCO2は昆虫が独自に進化させた酵素であって、甲殻類には存在しないことがわかったのです。
ただ酸素を主原料としたことで、カルシウムを使ったときのような頑丈さは再現できませんでした。
しかし失うものあれば得るものありで、酸素を使うことで殻の大幅な軽量化につながり、そのおかげで昆虫は飛翔能力を獲得できたと考えられています。
このように、酸素は豊富だがカルシウムが欠乏している「陸上」と、酸素は少ないがカルシウムが豊富な「海中」とでは、外骨格の作り方が大きく異なるのです。
こうした違いが昆虫をして、海に戻ることを妨げている大きな原因だと言えるでしょう。
この障壁を無視して海に適応しおうものなら、軽すぎて海面にぷかぷか浮いてしまい、簡単に魚や海鳥の餌食となってしまうはずです。
またそもそもの話ですが、現時点では昆虫が海に戻るメリットは何もありません。
飛行能力を得て空中に進出できた生物はなかなかおらず、地上を闊歩する多くの凶暴な生き物から身を守ることに成功しています。
なので昆虫たちは「フッ、俺たちにレベルになれば海に戻る必要なんてないのさ」と高みの見物をしているのかもしれませんね。