35年間放置された“ゆっくりビーム”の謎

宇宙にある多くの銀河の中心には、非常に巨大なブラックホールが存在しています。
こうしたブラックホールは周囲のガスや星を強力な重力で引きつけて飲み込みながら、その一部を猛烈な勢いで噴き出しています。
例えるなら、水道の蛇口を勢いよく開くと水が細い束(ジェット)になって飛び出すように、ブラックホールも両極方向へ細く絞ったガスや粒子の束を勢いよく噴き出しています。
この細くて高速な粒子の流れを、天文学者は「ジェット」と呼んでいます。
こうしたジェットを特に強く放出している銀河は「活動銀河核(AGN)」と呼ばれます。
さらにその中でも、ジェットの向きが地球と偶然ほぼ同じ方向だった場合には「ブレイザー」と呼ばれます。
ブレイザーは、私たちの視点から見ると、非常に明るく、しかも激しいエネルギーを放出しているように見えます。
そのため、ブレイザーは“宇宙最大の粒子加速器”とも例えられています。
中でも今回の研究対象となったPKS 1424+240は、地球から数十億光年離れた場所にあるブレイザーです。
この銀河は、南極にある「アイスキューブ観測所」がつかんだ宇宙のニュートリノ分布図で、最も明るい天体のひとつとして知られています。
ニュートリノは、ほとんどの物質をすり抜ける性質を持つため「幽霊粒子」と呼ばれますが、ここからはそのニュートリノが大量に飛び出していると見られています。
さらに、この銀河は地上のガンマ線望遠鏡による観測でも、非常に強い放射が確認されており、“二重に謎めいた存在”として注目されてきました。
しかし、そんなエネルギッシュな銀河から放たれているはずのジェットを電波望遠鏡で観察してみると、なんと動きが非常に遅く見えるという“逆転現象”が起きていたのです。
本来、これほど明るい放射を出しているなら、ジェットも非常に速く動いているはずです。にもかかわらず、まるでスローモーションのように見える――この違和感は、1980年代から「ドップラー因子危機」として天文学界の大きな課題となっていました。
そこで研究チームは、この矛盾を解き明かすことにしました。