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Source: Kovalev et al.
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地球に向けられた「サウロンの目」を捉えた (2/4)

2025.08.19 18:00:59 Tuesday

前ページ35年間放置された“ゆっくりビーム”の謎

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観測画像が暴いた「サウロンの目」

観測画像が暴いた「サウロンの目」
観測画像が暴いた「サウロンの目」 / Source: Kovalev et al.

強力なエネルギーを放出しているのに、なぜジェットが遅く見えるのか?

研究チームはこの謎を解き明かすために、まずこのジェットがどのような形をしているのか、そしてどこを向いているのかを正確に調べることから始めました。

ところが、この銀河はとても遠くにあり、普通の望遠鏡ではそのジェットの細かな姿を観測することができません。

そこで研究チームは、「VLBA」という特別な観測システムを使いました。これはアメリカ中に点在する複数の電波望遠鏡を連携させて、まるで地球サイズの巨大な望遠鏡のように使う仕組みです。

この方法を使えば、遠く離れた天体のきわめて細かい構造までとらえることができます。

VLBAを使った観測は、2009年から2025年まで15年以上にわたって行われました。

その間に撮影された42枚の電波画像を、研究チームは1枚に重ね合わせて「スタッキング」という処理を行いました。

これは暗い写真を何枚も重ねて明るくはっきりさせるのに似ていて、ぼんやりしていたジェットの形がくっきりと浮かび上がるようになります。

この画像処理によって、PKS 1424+240のジェットが実際には非常に細かく複雑な構造をしていることが明らかになりました。

するとジェットは地球方向にほぼまっすぐ向いており、視線に対する角度が0.6度未満であることがわかりました。

また注目されたのは「偏光(へんこう)」という性質です。

これは電波が一定方向にだけ振動していることで、この偏光の方向を調べることでジェット内部の「磁場(じば)」――つまり、磁石の力が働く空間――の様子を知ることができます。

分析の結果、ジェットの磁場がドーナツ型にぐるりと巻いている「トロイダル構造」になっていることが確認されました。

まるでバネのようにジェットを包み込むこの磁場は、ジェットに電流が流れていることを示しています。

こうした環状の磁場を直接観測できるのは非常に珍しく、PKS 1424+240がこれまでのブレイザー(地球の方向にジェットを向けた銀河)と比べても、特別な構造を持っていることがわかったのです。

コラム:なぜ「サウロンの目」なのか?

PKS 1424+240が「サウロンの目」と呼ばれるようになったのは、その観測画像が、まるでファンタジー小説『指輪物語』(ロード・オブ・ザ・リング)に登場する悪の象徴“サウロン”の巨大な目にそっくりだったからです。サウロンの目とは、物語の中で常に世界を見張り、不吉な力を放つ存在として描かれており、多くの人に強烈な印象を残しています。今回、VLBA(超長基線電波干渉計)による15年にわたる観測で得られたPKS 1424+240の偏光画像では、中心部から同心円状に広がる磁場の線が、ちょうど“炎をまとった大きな目”のように見えました。そのため、研究チームはこの天体画像を“サウロンの目(Eye of Sauron)”と名付けたのです。科学者たちが、圧倒的なインパクトを持つ観測結果に親しみやすい呼び名を与えた好例と言えるでしょう。

そして、このジェットの「見かけの遅さ」についても、2つの物理的効果によって説明がつくことがわかりました。

1つ目は「ドップラー・ブースティング」という現象です。これは、ジェットのような高速の物体が私たちの方向に向かって動いていると、その発する光や粒子のエネルギーが進行方向に集中し、実際よりも明るく見えるという効果です。

たとえば救急車のサイレンが近づくと高く聞こえ、遠ざかると低くなるように、同じような原理が光や電波にも働いているのです。

研究チームの計算では、PKS 1424+240のジェットではこの効果によって「ドップラーファクター(δ)」が約30(δ ≈ 32)に達しており、私たちから見ると明るさが大きく増幅されていました。

2つ目は「投影効果」と呼ばれる現象です。

これは、ジェットの動きが私たちの視線とほぼ同じ方向にあるときに起きます。

たとえば、自分に向かって飛んでくる飛行機はあまり動いているように見えないのに、横切る飛行機は速く見えるのと同じです。

つまり、ジェットが真正面を向いていると、実際はとても速くても、私たちには「ゆっくり」にしか見えないのです。

この2つの現象――「ドップラー・ブースティング」と「投影効果」――が組み合わさることで、PKS 1424+240のジェットは、強力な放射を放ちながらも、ゆっくり動いているように観測されていたのです。

今回の観測によって、この「見かけと実際のズレ」が、長年にわたる「ドップラー因子危機」の原因だったことが明らかになりました。

ジェットの向きという“見かけのトリック”が、宇宙の大きな謎を生み出していたのです。

次ページ幾何学が解いた35年の宇宙の誤解

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