コケに電気の通り道はあるのか

コケ植物は、化石記録に現れる最も古い植物のグループのひとつです。
そして今も、その体はヒマワリや稲といった私たちが見慣れた植物とは、まるで違う作りをしています。
まず、水や栄養を吸い上げるための根がありません。
持っているのは「仮根」と呼ばれる、糸のように細い構造だけです。
これは、本物の根のように水や養分を体内へ運ぶ器官ではなく、主に石や土や樹皮に体を固定するためのものです。
葉のように見える部分も、多くの場合、細胞1個分の厚さしかありません。
一枚の紙よりも薄い膜が、茎に直接ついているようなものです。
そして体内には、普通の植物が持っている「維管束」という管の仕組みもありません。
維管束は、根が吸い上げた水を上へ運び、葉が作った養分を下へ配るための配管です。
高い木が何十メートルもの高さまで水を届けられるのは、この配管を持っているからにほかなりません。
そのため、多くのコケは数センチ程度の高さにとどまります。
そしてこれまでの研究により、植物の中で電気がよく通るルートは、たいていこの維管束に沿っているということも知られていました。
維管束は、液体を運ぶだけでなく電気の通り道でもあったのです。
では、配管を持たないコケはどうなのでしょうか。
素直に考えれば、維管束という通り道がないのだから「遠くへ電気を送る手段はない」と思うでしょう。
実際、これまでコケの電気活動を調べた研究は、細胞1個ずつを相手にする「微小電極」での測定が中心でした。
つまり、ごく狭い範囲を、ごく短い時間だけのぞく方法です。
しかも電気の反応を引き出すには、光を当てる、温度を変える、メントールをかける、グルタミン酸を与えるなど、様々な刺激を与えていました。
写真でたとえるなら、これまでの研究は「驚かせたときのアップ」だけを撮ってきたものだと言えるでしょう。
ですが今回アダマツキー氏は「センチメートル規模かつ複数日」という、それまで誰もやっていなかったスケールでの電気活動の観測を行うことにしました。
しかもその手段は、極めてシンプルでした。
イギリス南西部の屋外から、アオギヌゴケの仲間(Brachythecium rutabulum)の群落をクッションごと採ってきて、2本1組にした電極を、8か所に分けて刺して、その状態のまま、7日と10時間(178時間)にわたり電気活動のデータを集めたのです。
結果、驚くべきことに3種類の異なる電気信号が観測されました。
ひとつめは、数十秒おきに現れる速いスパイク。
ふたつめは、数十分から1時間ほどの周期でゆったり上下する中速のリズム。
みっつめは、数時間かけて電位がじわじわ動く、非常に遅い脱分極の波。
イメージとしては、時計の文字盤に近いかもしれません。
秒針、分針、時針。
速さがまるで違う3本が、同じ1枚の盤の上を、同時に回っているように、全部が並行して動いている状態です。
論文の表現を借りれば、コケは「素早い電気イベントと、遅い統合プロセスを同時に走らせている」のです。
しかもそれが、外からの刺激に反応したのではなく、コケが自分から出し続けていたものでした。
これまでのコケの電気生理学は、光を当てる、低温にさらす、薬品を加えるといった刺激を与えたときの一瞬の反応を、微小な電極で細胞レベルから測るものでした。
しかしアダマツキー氏による観測によって、空間的にも時間的にも、まったく異なるスケールで動くコケの電気活動がみえてきました。































