肝臓ではなく腸で効いていた

メトホルミンは2型糖尿病の治療で長く第一選択として使われてきた薬で、値段も安く、世界中で何百万人もの患者が毎日飲んでいます。
それでいて、効き目の中心がどこにあるのかという肝心の部分は、決着がついていませんでした。
有力だったのは肝臓説です。
肝臓は、食事をしていないあいだも血液に糖を送り出している供給元です。
メトホルミンはこの供給を絞ることで血糖値を下げている、と考えられてきました。
薬が肝臓の細胞で何をしているのかも、早くから予測が行われていました。
細胞の中には、酸素を使ってエネルギーを作り出す小さな器官(ミトコンドリア)があります。
メトホルミンはこのミトコンドリアの働きを鈍らせる、というのがその筋書きです。
そのため「メトホルミンは一種のミトコンドリア毒として機能する」という言い方をされることもあります。
ただ、この筋書きには数字の合わないところがありました。
ミトコンドリアを実際に鈍らせるには、かなり濃い薬が必要になります。
ところが実際の効果は、肝臓にその濃さが届く前のかなり薄い段階で発揮されていました。
こうなると「肝臓で効く説」は怪しくなってきます。
一方、腸は違いました。
飲み込まれたメトホルミンは腸の細胞に取り込まれ、そこでの濃さは血液中の最大300倍、肝臓の10〜100倍に達します。
ふつうに飲む量で、薬がミトコンドリアを鈍らせるほど濃くなる場所は、体の中で腸だけです。
腸を疑わせる手がかりは、薬を飲んだ人の血液からも出ていました。
服用の前後で血液中の成分を比べたとき、最も大きく減っていたのはシトルリンという物質です。
血液を巡るシトルリンは、小腸の細胞のミトコンドリアだけが作り出しています。
その工程が鈍ればシトルリンも減ります。
つまりこの減り方は、薬が小腸で働いている印です。
とはいえ、濃さのズレと血液の変化だけでは、腸が主役だと言い切ることはできません。
そこで研究チームが用意したのが、腸だけが薬をすり抜けるマウスでした。
メトホルミンが手をかけるのは、ミトコンドリアの中で最初に働く部品(ミトコンドリア複合体I)です。
ここが止まると、その先のエネルギー生産の流れも一緒に止まります。
研究チームは、この部品と同じ仕事をこなしながらメトホルミンには邪魔されない酵素を、酵母から借りてきました。
それを腸の細胞にだけ組み込むと、薬が本来の部品を止めても、借りものの酵素が横から仕事を引き継いで流れは止まりません。
腸の細胞にとってだけ薬が空振りする体を、狙って作り出したわけです。
このマウスにメトホルミンを与えると、血中シトルリンはほとんど減らず、血糖値を下げる働きも大きく損なわれました。
この結果は、メトホルミンが腸で血糖値を下げる効果を発揮していたことを示します。
では、メトホルミンに部品を止められた腸の細胞では、いったい何が起きているのでしょうか。






























