父親が泣かない家庭で育つと?
元記事の著者アサエル・ロマネッリ氏は、診療の場で男性たちに必ず尋ねる質問があります。
「あなたは、父親が泣く姿を見たことがありますか?」
著者によると、この質問に「ある」と答える男性はごく少数であり、見た経験がある人でも、その回数は片手で数えられるほどだといいます。
もちろん、父親が子どもの前で泣かなかったからといって、感情そのものを持っていなかったわけではありません。
悲しみや恐怖、寂しさを感じていても、それを表に出さないよう抑えていたと考えられます。
多くの男性は幼いころから、「男の子は泣くな」「弱音を吐くな」「強くあれ」と教えられます。
泣かずに我慢すれば褒められ、涙を見せれば恥ずかしいことだと扱われます。
心理療法家は、このように男性へ感情の抑制を求める社会的な仕組みを「心理的家父長制」と表現しています。
この環境で問題になるのは、子どもが感情表現のお手本を見られないことです。
子どもは親の言葉だけでなく、行動からも「大人の男性はどのように振る舞うものか」を学びます。
父親が悲しいときにも涙を見せず、苦しいときにも何事もないように振る舞っていれば、息子も「男性は悲しみを表に出してはいけない」と学ぶ可能性があります。
著者は、感情を絶望から大きな喜びまでの1から10の目盛りで表した場合、多くの男性は中央付近の狭い範囲だけで生きていると説明します。
激しい怒りは表現できても、深い悲しみや恐れ、無邪気な喜び、他者に頼りたい気持ちは表しにくいという状態です。
ここで重要なのは、感情を持っていないのではなく、感情に気づいたり、それを言葉や涙で外に出したりする方法を学んでいないという点です。
その結果、「悲しい」「怖い」「傷ついた」と認識されるはずの感情が、すべて「腹が立つ」という形に変換されることがあります。
父親の泣く姿を見たことがない男性に共通しうる心理傾向とは、単に涙を流しにくいことではありません。
自分の弱さを人に見せることを避け、限られた感情だけを「男性が感じてもよいもの」として扱う傾向なのです。































