腸が「糖の浪費家」になるまで

答えは、細胞が糖から受け取れるエネルギーの取り分にありました。
ミトコンドリアが働いていれば、細胞は糖1個からエネルギーをおよそ30個ぶん取り出せます。
そこが鈍ると、細胞は糖を手早く分解するもうひとつの低効率の回路に切り替えます。
この回路が糖1個から取り出せるのは2個ぶんだけです。
1個あたりの取り分が15分の1になれば、同じだけのエネルギーを得るのに必要な糖の数は跳ね上がります。
つまりメトホルミンを受け取った腸の細胞は、糖の使い方が下手になったせいで、かえって糖をどんどん消費するようになるわけです。
こうして腸は、余った糖を吸い取るスポンジに変わります。
そのスポンジぶりは、画像でも確かめられました。
糖をさかんに使っている場所が光って見えるPET検査では、メトホルミンを飲ませた普通のマウスの腸がくっきりと光りました。
メトホルミンが効いて、腸が大量の糖を取り込んで効率の悪いエネルギー生産を行っている証拠です。
腸だけが薬をすり抜けるマウスでは、その光は現れません。
薬が効く場所が別部品になったせいで、高効率のエネルギー生産で済むからです。
一方で、肝臓や筋肉の明るさは、どちらのマウスでも変わりませんでした。
興味深いことに、この現象自体は以前から病院側が知っていた点です。
メトホルミンを飲んでいる人がこの検査を受けると、腸が明るく写ります。
そこに腫瘍が紛れてしまうため、検査の前に薬をいったん止めるのが標準的な対応になっているほどです。
ですが今回の研究では、画像を濁す厄介事として扱われてきたその明るさこそ、薬が腸で糖の放出を抑えていたことを示す像だった可能性がみえてきました。
また腸のスポンジ化は、薬ではないものにも起きていました。
ベルベリンという植物由来の成分で、いまは血糖対策のサプリメントとして売られています。
体重が減ることでも知られる糖尿病薬オゼンピックになぞらえて、SNSでは「天然のオゼンピック」と呼ばれる人気ぶりです。
ベルベリンはオウレンやキハダに含まれる成分で、日本でも黄連(オウレン)や黄柏(オウバク)といった生薬、あるいは下痢を抑える薬の成分として使われてきました。
研究者がこのベルベリンを酔うとしたところ、メトホルミンとは化学構造がまるで違うのに、代役つきのマウスでは、ベルベリンが血糖値を下げる働きは完全に消えました。
ベルベリンは全身にはほとんど吸収されず、腸に居座り続ける成分です。
効き目を腸に丸ごと預けていたからこそ、腸を守るだけで効果も丸ごと消えたわけです。
ただしチャンデル氏は「メトホルミンには数十年の臨床の裏づけがあるが、ベルベリンのようなサプリははるかに検証が手薄だ」と述べ、サプリで置き換えることには慎重です。
腸が舞台だという見方は、飲み方の話にもつながります。
飲み水に薬を溶かして少しずつ与え続けたマウスでは、血糖値は下がりませんでした。
一方、1回分をまとめて飲ませたマウスでは、しっかり下がりました。
薄く長く飲ませたのでは、腸の細胞は必要な濃さに届かなかったとみられます。
では、まとめて飲むことを続ければ効き目は積み上がるのかというと、そうではありませんでした。
2週間毎日飲ませたマウスで薬が抜けきるのを待って測り直すと、下がりはもう残っておらず、メトホルミンの効き目は貯金できないことが分かりました。
そのため論文は、食事の直前や食事中に飲むことに利点があると指摘しています。
この飲み方は、もともと胃腸の副作用を抑えるために勧められてきたものですが、今回の結果から「効果を引き出す飲み方」としても捉えられるようになるでしょう。
もっとも、仕組みをここまで直接確かめたのは、オスのマウスを使った実験です。
人でも同じ筋書きがそのまま成り立つのかどうかは、これから確かめられることになります。
それでも今回の研究により、メトホルミンの主な活躍場所がみえてきたことで、これからの新薬開発において重要な一歩となるでしょう。






























