人類史は「6体の骨」の上に建っている

ポイント:現生人類がネアンデルタール人と交わっていたことは、いまや教科書に載っています。ただしその知識は、たった6体分の骨から組み立てられたものです。しかも6体とも、ユーラシアで見つかった、比較的新しい時代のものでした。私たちホモ・サピエンスは、アフリカを出てからのわずかな期間に、ネアンデルタール人とデニソワ人の二系統と交わった、なかなかに「盛んな」種です。では、そんな先祖たちは、アフリカを出るまでの数十万年のあいだ、誰とも交わらずにいられたのでしょうか?これまでの研究では、出アフリカ前の交雑は大きな謎に包まれていました。
現生人類が絶滅した人類と交わっていたという話は、いまではそれほど驚かずに読まれるようになりました。
2010年にネアンデルタール人のゲノムが解読されたときには事件でしたが、その知識は数年のうちに教科書へ移りました。
数字も定着しています。
アフリカ以外に暮らす人々は、ゲノムのおよそ1から2パーセントをネアンデルタール人から受け継いでいます。
アジアとオセアニアの人々は、これに加えて0.1から5パーセントほどをデニソワ人から受け継いでいます。
この断片は、記念品ではありません。
肌の色素の量、高地の薄い空気への適応、病原体に対する免疫の働き。
現代人の体質を左右する形質のいくつかは、絶滅した隣人から届いたものだと分かっています。
彼らのDNAは、私たちの身体の中でいまも働いています。
ここまでは、既知の話です。
問題は、この知識がどうやって手に入ったかにあります。
ネアンデルタール人とデニソワ人のことが分かったのは、彼らの骨からDNAを取り出せたからです。
裏を返せば、骨からDNAが取れない相手については、遺伝子のことが何も分かりません。
この制約は、三つの形で現れます。
一つめは、材料の数です。
高い精度で解読された古代人類のゲノムは、今日までに6体分しかありません。
ネアンデルタール人が4体、デニソワ人が2体です。
そして6体とも、ユーラシア大陸から出土したものです。
つまり私たちが絶滅した人類について語れることは、たまたま骨の残った数か所の洞窟に由来したごく僅かな情報からのみだったのです。
二つめは、時間の壁です。
DNAは熱と時間に弱く、放っておけば断片化して読めなくなります。
永久凍土のような特殊な環境を除けば、100万年より古い時代の人類のDNAを回収することは、いまの技術では見込みが立ちません。
ネアンデルタール人とデニソワ人が読めたのは、彼らが比較的新しく、かつ冷涼な土地に眠っていたからです。
三つめは、場所の空白です。
アフリカから得られた最も古いゲノムは、2万年前より新しいものです。
理由は、やはり気候にあります。
暖かく湿った土地では、DNAは長くもちません。
人類の系統が数百万年をかけて枝分かれし、現生人類が誕生したその大陸から、深い時代の遺伝情報はほとんど取り出せていないのです。
絶滅した人類の遺伝子について、私たちが手にしている知識は、ユーラシアで出土した、比較的新しい時代の6体分の骨から組み立てられたものです。
人類がもっとも長い時間を過ごした大陸と、100万年より古い時間帯は、手つかずのまま残されています。


























