「ヒト専用」の区画に幽霊DNAが入っていた

ポイント:ヒトゲノムには、ネアンデルタール人のDNAもデニソワ人のDNAもほとんど見つからない、広大な区画がいくつもあります。言語との関わりが議論されてきた遺伝子(FOXP2)を含むその領域は、ホモ・サピエンスであるために譲れない何かが宿る場所であり、だからこそ他の人類のDNAを一切受け付けないのだと読まれてきました。しかし研究チームがその5か所を調べたところ、すべてに幽霊由来の断片が残っていました。ネアンデルタール人よりさらに遠い系統のDNAだけが、そこに居座っていたのです。
これまでの研究によりヒトゲノムには、ネアンデルタール人のDNAもデニソワ人のDNAもほとんど見つからない区域があると考えられてきました。
ネアンデルタール人やデニソワ人のゲノム部分を木や森と見るなら、この領域はそれらにとって砂漠です。
まるで彼らのゲノムが入り込むのを禁じているような部分と言えます。
過去に行われた研究では、この領域には、ホモ・サピエンスであるために譲れない何かがあるため、他の系統のDNAは、そこに留まることができなかったという説も提唱されています。
その代表として繰り返し名前が挙がっているのは、第七染色体にある、発話や言語との関わりがあると考えられている遺伝子(FOXP2)を含む領域です。
この遺伝子が言語能力のすべてを決めているわけではありませんが、それでもこの名は、ヒトに固有の能力を語る文脈で特別な重みを持ち続けています。
古代人類のDNAを一片も受け付けない部分であるなら、砂漠をホモ・サピエンスの独自性の証拠として読む見方にも頷けます。
では、今回の研究で見えてきた世界中の人々に紛れ込んでいるほうの未知系統の遺伝子も、同じ傾向にあったのでしょうか?
しかし結果は違いました。
まず出てきたのは、砂漠そのものの輪郭が、以前考えられていたほど明瞭ではないという結果でした。
砂漠地帯として知られる5か所のうち2か所では、ネアンデルタール人由来もデニソワ人由来も見つからないという従来の見方が再現されました。
しかし、残りの区画のいくつかからは、量は少ないものの、無視できない水準の断片が検出されています。
完全な空白という前提は、この時点ですでに揺らぎます。
さらに幽霊由来の断片は、砂漠が完全に保たれていた2か所を含めて、5か所すべてに相当量が残っていることが判明しました。
しかも、第七染色体の発話や言語との関わりがあると考えられている遺伝子(FOXP2)を含むあの区画では、幽霊由来の断片が最大13.3パーセントの頻度で存在していました。
ネアンデルタール人もデニソワ人も入れなかったはずの区画に、より古い系統のDNAが入っていたわけです。
幽霊系統と人類の祖先がアフリカで交わったのは、ネアンデルタール人やデニソワ人よりも古い時代のことでした。
古いDNAだから排除されたのなら、真っ先に消えているべきは幽霊のほうです。
にもかかわらず、消えていません。
それどころか5か所すべてに相当量が残り、別の砂漠では、その位置に幽霊由来の断片を持つ人が五人に一人にのぼる場所さえありました。
論文ではこの点について2つの可能性があげられています。
1つは、ネアンデルタール人やデニソワ人が抱えていた有害な変異です。
過去の研究では、ネアンデルタール人やデニソワ人の集団はきわめて小さく、有害な変異を長く抱え込んでいることが示されています。
小さな集団では、少しばかり具合の悪い変異が生じても取り除かれにくく、世代を重ねるうちに溜まっていくためです。
人類は彼らと比較的最近に交雑しましたが、その荷物ごと受け取ることになった断片は、淘汰によって取り除かれていったと考えられます。
もう1つは、ネアンデルタール人やデニソワ人と、私たちの祖先の遺伝子とのかみ合わせが良くなかった可能性です。
遺伝子は単独で働くのではなく、他の遺伝子との取り合わせ次第で効果が変わります。
そのため、少数の決定的なかみ合わせの悪さが、ゲノム全体で排除される方向に働いた可能性もあります。
実際、過去に行われたユーラシアの古代人のゲノムを時代順に並べた研究では、ネアンデルタール人由来DNAの割合が約3〜6パーセントから現在の約2パーセントへ下がり続けてきたことが報告されているのです(Fu et al., Nature, 2016)。
なぜ幽霊系統がネアンデルタール人やデニソワ人よりも優遇されたように見えるのかは、まだ不明です。
また幽霊との混血は一度きりだったのか、何度もあったのか、アフリカのどこで起きたのか、免疫や代謝に残された古代の遺伝子は、いまの私たちの健康に実際どう効いているのか、解明すべき点はまだ多く存在します。
それでも、私たちが想像していた以上に多くの系統が混ざり合ってできた種であるという点は確かでしょう。
ホモ・サピエンスが世界へ広がった後だけでなく、その前から交雑が起きていたという結果は、私たちの起源の複雑さを物語っています。
幽霊DNAのもともとの持ち主に結びつく骨も石器も今のところはみつかっていません。
しかし彼らが存在し、私たちの祖先と出会い、子を残したという事実だけは、いま生きている人々の細胞の中で複製され続けています。
私たちの身体が、彼らの唯一の墓標なのです。


























