コケにニューロン様のスパイク列も観察された

論文には、生物の「興奮する系」を並べた1枚のグラフがあります。
横軸がスパイクの時間スケール、縦軸が伝わる速さ。
人間の脳、神経の培養細胞、高等植物、その他の生物。
そしてコケは、他のどれからも大きく離れて、右下の隅にぽつんと座っています。
横軸は右へ行くほどゆっくり、縦軸は下へ行くほど遅い。
つまりコケは、「いちばん時間がかかって、いちばん進まない」場所にいます。
人間の有髄神経は、最大で秒速約100メートル。コケは秒速0.2ミリメートル。
約50万倍の開きです。
また電気の波立ちにはさらに大きな差がありました。
人間の活動電位は1〜2ミリ秒で終わります。
一方コケでは、活動電位によく似た大きなスパイクの場合、電位が上がりきるまでに6.2時間かかった例が記録されています。
桁にして、およそ1000万倍の違いです。
普通なら「桁が違いすぎるので別物です」で終わる話でしょう。
ところがアダマツキー氏は、ミリ秒で動く神経と、時間単位で動くコケのあいだに、共通して現れる形を見出しました。
スパイクが群れになって現れること、速さの違うリズムが階層をなすこと、時間とともに性質そのものが移り変わっていくこと、空間に広がるパターンを持つこと。
速度という要素をいったん脇に置くと、この骨格だけが残ります。
さらにアダマツキー氏は「コケは、単に縮小されたニューロンではない」とも述べています。
神経系は、ミリ秒単位のスパイクのタイミングに情報を載せています。
しかしコケが情報を載せているのは、数時間かけた遅い波、数十時間にわたる興奮しやすさの増減、あるいは速い成分と遅い成分の掛け合わせた複雑さをもつかもしれないのです。
そしてコケの信号には、情報を運べる信号に共通してみられる特性もありました。
それは「規則的でもなく、乱雑でもない」という点です。
たとえばモールス信号が全て規則的でも、全くの乱雑でも情報を運べないことからもわかるでしょう。
情報を運ぶ信号は、そういった規則と乱雑さの間にあります。
コケの電気信号が伝わる速度は確かに遅いですが、そういった意味では、情報を運んでいないとは言い切れないのです。
実際アダマツキー氏は「コケはゆっくりした波、長期的な興奮性の変動、あるいは速い成分と遅い成分の相互作用に、情報を符号化しているかもしれない」と述べています。
もっとも、今回の研究をもって「コケが考えている」「コケが電気で会話している」というのが確定したわけではありません。
また湿ったものに金属の針を7日間刺しておけば、電極そのものの変化や、湿り具合の変動によっても電圧は動きます。
それでも彼が「単なるノイズではない」と考える理由は、シンプルです。
もし部屋の温度変化や電気的なノイズが原因なら、8か所の電極はほぼ同時に、同じように動くはずだからです。
しかし実際にはそうではなく、3タイプのズレをみせました。
しかもそのずれ方は、何度も繰り返し現れたのです。
アダマツキー氏は、コケを海綿や菌類、細菌のバイオフィルムといった「脳を持たないのに電気の波を出す生き物たち」と同じ土俵に並べています。
そしてコケの位置づけを、粘菌や菌糸ネットワークといった非従来型の計算基質に近いものとして論じています。
どれも脳を持ちません。
そのなかでも、コケはとびきり遅い。
それでも、何かをやっているかもしれないのです。































