「本物の顔」と「偽物の顔」は注意の質が違っていた

研究チームは、実験ごとに異なる参加者を集めて、全部で4つの視線による注意の動きを調べる課題を行いました。
実験の基本的な流れは次のとおりです。
まず、画面中央に注視点(「+」マーク)が1秒間表示されます。そのあと、中央にヒント画像が0.3秒間だけ表示されます。
続いて、画面の左または右に、ターゲットとなる印(小さなマーク)が0.1秒だけ現れます。
さらに1秒間の黒い画面をはさんで、参加者はマークが出た位置(左または右)を素早くキーボードで答えるように指示されます。
ヒント画像には3種類の向きがありました。
顔が横を向いていてマークも同じ方向に出る「的中(コングルエント)」、逆の方向に出る「不的中(インコングルエント)」、正面を向いた「中立」です。
反応時間の違いから、ヒント画像が参加者の注意をどれだけ動かしたかが測定されました。
ここで使われたヒント画像は2種類あります。
1つ目は、人の顔の写真で、視線だけが横を向いている「横目」の画像です。顔は正面を向いていても、目だけがそらされている状態です。
2つ目は、人の顔ではないけれど「目」や「口」に見えるようなパーツが並んだ物体の画像で、これを「顔に見える物体(顔パレイドリア刺激)」と呼びます。
具体的な画像の内容は、研究者がオンライン公開した資料(OSF)で確認できますが、ここでは説明のために一般的な例を使っています。
実験の結果、参加者は本物の顔の横目でも、顔に見える物体でも、どちらでもその「向いている方向」に自然と注意を向けることが分かりました。
つまり、人の顔だけでなく、「顔っぽい物体」も、視線のヒントとして機能するのです。
脳は、目や顔のような形を見ただけで、それがあたかも矢印のように感じてしまい、その方向へ注意を動かしてしまいます。
けれども、本物の顔と顔っぽい物体では、注意が動く仕組みが少し違っていました。
本物の顔の場合は、視線の方向という「目の動き」などの細かい部分(局所的な特徴)に注意が引かれていました。
一方で、顔に見える物体の場合は、画像全体の「顔らしい形」(グローバルな構造)が、目に見える部分の影響を大きくしていたのです。
この違いを例えるなら、「目」は矢印で、「顔の形」はその矢印を拡大する拡声器のような働きをしている、ということになります。
本物の横目は、それ自体が強力な矢印のように機能します。
一方で顔に見える物体の場合は、顔全体の配置が「この部分が目ですよ」と強調しているため、目のように見えるパーツの影響力が強まるのです。
研究者たちはこの点において、顔っぽい物体において構成パーツが揃うことで、目のようなパーツに「社会的な矢印(視線)」としての意味を自動的に与え、注意の方向づけがより強くなる可能性があると述べています。
言い換えれば、顔っぽい配置があると、脳は“これはただの模様じゃない、もしかしたら誰かが見ているかもしれない”と考え始めます。
その瞬間、目のような部分の持つ「視線」の信号は、顔全体の構造という“拡声器”で増幅され、あなたの注意をグッと引き寄せてしまうのです。
【コラム】アニメキャラの大きな目
私たちがアニメやマンガのキャラクターを見ると、現実には存在しない顔なのに、なぜか強く引き込まれることがあります。今回の研究結果をもとに考えると、その理由の1つが「顔っぽい全体構造」と「大きな目」の組み合わせにあるのではないかと思えてきます。今回紹介した論文では、「顔らしい全体構造」があると、その中に含まれる“目のようなパーツ”が注意を引く効果を強めることが示されています。人の脳は、目・鼻・口の位置関係が顔らしい並びになっていると、それが実在の人間の顔でなくても「顔」として処理します。そして、この全体構造が“拡声器”のように働き、目の部分が持つ視線の情報をより強く感じさせるのです。
ここから先は、論文の知見を踏まえた推測です。アニメキャラの大きく描かれた目は、その形やコントラスト、視線の向きがより目立つため、注意を引きつける「信号の強さ」が格段に増します。さらに、顔全体の形が整っていること自体が、この目の効果を“拡声器”のように増幅します。その結果、大きな目はより「誰かに見られている」という社会的な意味を持ちやすくなり、視線や感情の情報が強く伝わる可能性があります。そしてこの仕組みは、現実の人間の顔では起こらないレベルの「視線の目立ちやすさ」と「感情表現の鮮明さ」を生み出せるのかもしれません。言い換えれば、アニメキャラの魅力はデザイン上の偶然ではなく、私たちの脳の顔認識と注意の仕組みを巧みに利用した“計算された効果”ともいえるでしょう。
さらに、顔に見える物体の画像を上下逆さまにすると、顔らしい配置が崩れ、注意を動かす効果が弱まりました。
本物の顔でも、逆さまや目だけを抜き出した画像では効果が弱くなることが確認されました。
つまり、「顔らしい形」があることで、目のような部分の注意を引く力が大きくなるのです。
最後に行われた比較実験では、注意を動かす力そのものは、顔に見える物体よりも本物の横目のほうが強いこともわかりました。
つまり、「もっとも強力な矢印」はやはり人間の横目だったのです。
この結果は、脳が「誰かの視線」を最も優先的に処理するよう進化してきたことを示しているといえます。