量子効果で電子を「ワープ」のようにずらす結晶を日本が開発——鉛フリーなのに性能は従来の10倍以上
量子効果で電子を「ワープ」のようにずらす結晶を日本が開発——鉛フリーなのに性能は従来の10倍以上 / Credit:Canva
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量子効果で電子を「ワープ」のようにずらす結晶を日本が開発——巨大光電流を鉛フリーで生成

2026.06.26 21:15:38 Friday

「電圧をかけなければ、電流は流れない」というのは、中学校の理科で習う電気の基本です。

電池につないだ豆電球が光るのは、電池が電圧を生み、電子が電球に流れ込むからです。

ところが、理化学研究所(理研)、東京大学、東北大学、住友化学による共同研究グループが作り上げた、わずか70ナノメートルの極薄結晶は、この理科の「当たり前」が通じません。

光を当てると量子的な効果が起こり、電子の”居場所”を別の場所にずらすワープのような現象を利用しているからです。

それでいてこの新素材が記録した光電流の性能指数は、従来の代表的な素材を10倍以上も上回るという驚異的な数字でした。

さらに不思議なことに、当てる光の色を変えただけで電流の方向が反転するという、普通の電気回路の常識では、ちょっと考えられない現象も確認できました。

なぜこんなことが可能になったのでしょうか?

研究内容の詳細は2026年6月22日付の科学雑誌『PNAS(米国科学アカデミー紀要)』にて発表されています。

鉛フリーペロブスカイトで巨大光電流 -強誘電性を活用する環境調和型光電変換材料の実現に道- https://www.riken.jp/press/2026/20260623_1/index.html
Record-high Glass coefficient in the shift current response of a ferroelectric halide perovskite https://www.pnas.org/doi/10.1073/pnas.2602252123

量子効果で電子の存在する場所が移動する

量子効果で電子の存在する場所が移動する
量子効果で電子の存在する場所が移動する / Credit:Canva

私たちが日常で親しんでいる「普通の電流」とは、電子という小さな粒が導線の中を一方向に流れる現象です。

電子を流すには、電子を押してやる力——電圧——が必要です。電圧は、電子にとっての「坂道」のようなもの。坂の上から下へ、電子がコロコロと転がり落ちていく。この流れが電流です。

電池は、化学反応で坂道を作る装置。発電所は、タービンを回して坂道を作る装置。太陽電池は、光のエネルギーで坂道を作る装置。

形は違えど「電圧という坂道を用意して、電子という”粒”を転がす」という本質は同じです。

ところが、この仕組みには逃れられない弱点があります。

電子が通っていく途中で周りにある原子の振動(熱)や不純物にぶつかって、せっかくのエネルギーを少しずつ失ってしまうのです。

これは、「粒が物理的に移動する」という仕組みである以上、どうやっても避けられません。

高速道路を走る車が、路面の凹凸や向かい風でどうしても燃費が落ちるのと同じです。

そこで研究者たちは発想を転換しました。

「粒を動かして運ぶから途中でぶつかるのなら、いっそ運ぶのをやめて、電子が“存在しやすい場所”そのものをずらせないか」——と。

ここから先は、私たちの日常感覚から少しだけ離れた、量子力学の世界に足を踏み入れます。難しそうに聞こえるかもしれませんが、ポイントは一つだけです。

「電子は『粒』であると同時に『波』でもある」ということです。

これは量子力学が発見した、自然界の根本的な事実です。

電子は、小さなパチンコ玉のような「粒」としての顔と、水面の波紋のような「波」としての顔を、同時に持っています。

電子を波として見ると、その電子が「どのあたりに存在しているか」が、電子の波の形でわかるのです。

電子を「波」として見たとき、その波は結晶の中のどこでも均一に広がっているわけではありません。

ある場所では波が大きく盛り上がり、別の場所ではほとんど平坦になっています。

そして量子力学では「波が大きく盛り上がっている場所ほど、そこに電子が存在する確率が高い」とされています。

存在確率の雲が最も濃い場所とも言えます。

そして波の形は、電子が持つエネルギーの多さによって変化していきます。

ギターの弦を強く激しく振動させたときと、ゆっくり緩く振動させたときで音色が変るように、電子も自身のエネルギーにより波の形が変わります。

つまり、電子の存在しやすい場所は波の形で決まり、その波の形はエネルギーによって変わる、という関係です。

そして、この関係は逆からもたどれます。

たとえば電子が光の粒(光子)を1個吸い込んでエネルギーが高くなると、そのぶん電子の波の形が変わり、電子が存在しやすい場所も、それにつられて移っていくのです。

電子が「粒」として物理的に転がって移動したのではありません。

波の形が変わったことで、電子が最も存在しやすい場所がパッと切り替わった——いわばワープのような瞬間的な「引っ越し」が起こるのです。

そしてこれが起こると、転がる途中で不純物にぶつかってエネルギーを失う、従来のロスを大幅に軽減することができます。

これ自体は、エネルギーが電子の存在のしかたを変える、量子力学的な現象だと言えるでしょう。

しかし手段はどうあれ、電子の位置が変われば、それは電気が流れたことになります。

実際、この現象は「シフト電流」と呼ばれています。(本記事ではイメージしやすいように、比喩的にワープという言葉を使います)

ただし、ここで一つ条件があります。

電子が右にワープするのと左にワープするのが同じ確率で起きてしまうと、せっかくの引っ越しが互いに打ち消し合って、正味の動きはゼロになってしまいます。

そこで、原子が、本来あるべき”ど真ん中”からほんの少しズレた位置で固定されている特殊な結晶(強誘電体)を用意します。

たとえるなら、左右対称だったはずのシーソーの支点が、わずかに右にずれているようなもの。支点がずれているシーソーは、ボールを載せればかならず同じ側に傾きます。

同じように、原子がズレた結晶の中では、電子の”居場所のずれ”に方向の「くせ」が生まれます。

結晶には膨大な数の電子がいるため、光を照射すると、これらのずれが同じ方向に偏り、全体として巨視的な電流——シフト電流——が生まれるのです。

じつは、このシフト電流という発想自体は意外と古く、理論の骨組みは1981年にはすでに提唱されていました。

しかし「理屈は知られているのに、それを大きく引き出せる理想の結晶」を作る作業は難航していました。

そこで今回、研究者たちは、次世代太陽電池の有力候補の一つとして世界中が開発を競っている、「ペロブスカイト」と呼ばれる結晶たちに着目しました。

次ページ量子効果で発電する鉛フリーの理想の結晶

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