時間は存在するのか?
時間とは、私たちの日常や科学の礎を支える、きわめて基本的な概念の一つです。
時計の針が刻む秒や、昼から夜へと移り変わる一日の流れは、時間が絶対的に存在すると信じさせるに十分でしょう。
しかし20世紀以降、物理学の飛躍的な発展によって「時間は本当に普遍なのか?」という根本的な疑問が浮かび上がってきました。
もしかすると、時間はある特定の条件下で姿を現す“派生的”な性質なのではないか、というのです。
アインシュタインの一般相対性理論では、時間は空間とともに「時空」を形づくり、重力の影響で歪んだり遅れたりします。
私たちが当たり前だと思っていた「絶対の時間」は、観測者の場所や状態によって変わる相対的な存在であることが示されたのです。
たとえば、強い重力場に近いほど時計はゆっくり進み、重力の弱い場所ではわずかに速く進むことが予測されます。
実際、東京大学と理化学研究所の研究チームは、超高精度の可搬型光格子時計を東京スカイツリーの地上階と展望台に設置し、約450メートルの高度差でも1日あたり4ナノ秒ほどの進み方の違いが測定できることを示しました。
まさに、わずかな高さの違いさえ時間に影響を与える証拠といえます。
一方で、量子力学では時間の概念は大きく異なります。
量子重力では、宇宙全体をひとつの量子状態で表すことを想定しますが、たとえばホイーラー・デウィット方程式などを解くと、宇宙は「時間に依存しない」定常状態であるかのように見えてしまうのです。
イメージとして、宇宙全体が「巨大な1枚の写真」に収まっているようなもので、そこには動きも変化も時間の流れも見当たりません。
しかし、私たちは日常的な経験から「時間が流れ、物事が進化し、変化が起こる」と感じます。
たとえば、朝起きて、昼食をとり、夕暮れを迎え、夜眠りにつく――こうした「変化」を当然のものとして受け止めています。
では、なぜ「全体」から見ると静止しているはずの宇宙で「中にいる私たち」の視点からは「流れる時間」や「進行する出来事」が見えるのでしょうか。
この「宇宙全体は時間無依存なのに、内部の観察者には変化が知覚される」という矛盾のような現象を「時間の問題」と呼びます。
ページ=ウッターズ(PaW)機構は、この相対性理論と量子力学の間に存在する「時間の問題」を解決する一つの考え方です。
たとえば、普通に考えれば、宇宙全体が「静止した写真」だとしたら、その中にははじめから終わりまで、すべての出来事が1枚の画面に収まっていて、「過去から未来へと進む時間」など存在しないように見えます。
しかし、PaW機構は、「宇宙」という巨大な写真の中に、ある種の「時計」役を果たす部分を組み込み、その「時計」が示す位置を基準に、私たちが「今」を選び出すという仕組みを考えます。
この考え方によれば、私たちは「時計」がどんな時刻を指しているかを基準にして、宇宙全体の中から「今」に対応する部分を切り出すことができます。
これによって、ほかのすべての出来事が、あたかも「時計の針の進み」に合わせて変化していくように見えるのです。
この考え方では、宇宙を「時計」とそのほかの部分がもつれ合った構造として見ることで、アインシュタインが描いた「空間と時間が一体になった時空」というイメージと、量子力学の「外から与えられた時間パラメータに沿って、系の状態が確率的に変化する」という捉え方を、内側から結びつけることができます。
そこで今回、フィレンツェ大学の研究チームは、2つのシステムの間に量子もつれを形成し、そのもつれから「時間」が生まれるのではないか──というPaW機構の発想を検証することにしました。
すると、物理学の世界でよく知られたある方程式が、まるで時間そのものが存在しないかのように書き換わってしまうという、驚くべき結果が得られたのです。