時間を否定するもう1つのシュレーディンガー方程式
時間はどんな姿をしていたか?
謎を解明するために研究者たちは、2つのモデル系を用意しました。1つは周期的に振動する「調和振動子」(以下「振動するシステム」)、もう1つは「磁気時計」です。
これら2つの系は直接的な相互作用は行わないにもかかわらず、量子力学的な「もつれ」状態にあります。
もつれとは、お互いの状態が密接に関連し、一方を測定すれば他方の状態についての情報が得られるような特別な関係です。
もつれ状態では、片方の状態が確定すると、もう片方の状態に関する情報も同時に確定するというユニークな特徴があります。
そして振動するシステムは何かが進んでいる状態、つまり「時間の流れ」と結びつけられ、磁気時計は上向き・下向きといったスピンの「向き」が「針の位置」や「時計盤の数字」のような役割を担い、私たちが「今、このくらい時間が経った」と読み取る手段となります。
この2つが量子もつれの関係にある場合、振動するシステムが「高いエネルギー状態」なら、時計(磁気時計)のスピンが「上」を向く、システムが「低いエネルギー状態」なら、時計のスピンは「下」を向く……といった関係が発生します。
研究ではこの2つの量子もつれの状態が調べられ、実際に「振動するシステムのエネルギー状態」と「時計のスピンの向き」の関係が期待通りに対応しているかをチェックされました。
その結果、ある条件下では、振動が続けば続くほどスピン向きが時間の経過に合わせて変化し、まるで時計が時刻を刻むように機能することが確かめられました。
(※特に磁気時計のエネルギースケールが十分大きい場合に、磁気時計が時間を古典的に記述できるようになる)
さらに興味深いことに、磁気時計の量子状態を部分的に観測(射影)することで、振動する調和振動子の進化を記述する「方程式」を導き出せることがわかりました。
しかも、その方程式はシュレーディンガー方程式の形式を持ちながら、外部の時間パラメータの代わりに、磁気時計の量子状態が「時間」として機能しているのです。
つまり、シュレーディンガー方程式の時間パラメータを、時計系の自由度(量子状態)に依存する形で「再解釈」することができたのです。
より簡易な言い方をすれば「シュレーディンガー方程式の時間要素の代わりに量子状態を当てはめることができた」とも言えます。
驚くのは、こうしたアプローチによっても、シュレーディンガー方程式の構造自体はほとんどそのまま保たれる点です。
通常なら外部から押し付けられるはずの「時間(t)」が、今度はシステム内部の量子もつれによって自然に定義されるわけで、私たちが当たり前だと思っていた「時間」が、じつは量子相関から浮かび上がる「指標」に過ぎないという、新しい見方を示唆しているのです。
この結果は、従来は「外部から与えられる」と思われていた時間を、量子状態そのものが生み出すことを意味します。
このことから研究者たちは「時間は量子もつれの副産物である」と結論しています。
研究者たちは最後に「私たちが時間の流れを感じるのは、物理世界に何らかの「量子もつれ」が織り込まれているからかもしれません。
もし、宇宙のどこにも量子もつれが存在しなかったとしたら──一部の理論では、宇宙の誕生当初はそうだった可能性が示唆されていますが──私たちには何も動いていない「完全に静止した世界」が見えていたはずです」と述べました。
今回の研究により、これまでの考え方に挑戦する新たな時間に対する考えが示されました。
研究結果は、時間がただの進行する概念として私たちに直感的に感じられる一方で、その本質は「量子もつれ」の中に潜んでいる可能性が示唆されています。
量子力学では、物質が互いに独立しているのではなく、相互に絡み合っていることがしばしばあり、これは時間という現象にも深く関わっているかもしれません。
そして「時間は量子もつれの副産物」──この一見大胆な考え方は、私たちの世界観を根本から揺さぶります。
宇宙全体が静止した状態であるとしても、その中の一部分を「時計」として取り出し、その中の量子もつれを利用することで、私たちは「今」という瞬間を感じ、過去と未来を区別することができるのです。
たとえるなら、止まったままの写真の一コマ同士を重ね合わせることで、あたかも画像が動き出したかのような錯覚を起こしているわけです。
もし宇宙に量子もつれが存在しなければ、私たちは動きのない凍結した世界しか認識できなかったかもしれません。
新たな観点は、物理学と哲学の狭間で、私たちが「時間とは何か」を改めて考え直す大きなきっかけとなるでしょう。