電気と熱の法則を再検討

身近な電子機器は、電流を流せば発熱します。
スマートフォンを長時間使うと本体が熱くなるのもこのためです。
これは電気を運ぶ電子がエネルギー(熱)も運ぶためで、金属では「金属中の電気伝導率と熱伝導率は比例関係にある法則」、つまり「電気をよく通すものは熱もよく通す」という経験則(ウィーデマン・フランツの法則)が知られています。
約150年以上にわたり、銅線からパソコンのCPUに至るまで、この法則は金属の性質を説明する教科書的な原理でした。
金属中の電子はふつうバラバラに散って原子の障害物にぶつかりながら動きます。
このぶつかりながら通るという現象によって、電気抵抗や熱抵抗が生じます。
電気が勢いよく通る金属では、その裏返しとして電子たちの障害物へのぶつかりも激しくなり、結果として発熱しやすくなります。
一方、電気を通しにくい金属では、電気の勢いも弱くぶつかり合いも穏やかなので、同じ電圧条件では発熱は低くなります。
電子を粒子と見立てると、このような解釈が必然的に成り立ちます。
では、もし電子が「完璧な液体」のように振る舞ったらどうなるでしょうか。
電子同士がぶつかり合いながらも外にはほとんどエネルギーを逃さず、内部で摩擦なく流れる、ほぼ完全流体に近い状態(粘性が理論的下限の約4倍以内)になれば、電気の運び方と熱の運び方が独立に決まるかもしれません。
実は理論的には、グラフェンという炭素原子1個分の厚みしかないシート状物質で、そのような「電子の液体」状態が起こり得ると予測されていました。
グラフェンにはディラック点と呼ばれる特殊な状態(グラフェンが金属でも絶縁体でもない中間の状態)があり、この点近くでは電子が相対論的粒子のように振る舞って互いに盛んに衝突します。
衝突で電流(電気の流れ)はすぐ乱される一方で、電子同士の衝突では全体の運動量が保たれるためエネルギー(熱の流れ)は阻まれにくいのです。
その結果、電気を運ぶ流れと熱を運ぶ流れが切り離され、前述の法則が成り立たなくなる――そんな量子臨界現象が起こる可能性が指摘されていました。
とはいえ、現実の物質で電子を完全な液体状態にするのは容易ではありません。
原子のわずかな欠陥や不純物があるだけで電子は散乱され、理想的な振る舞いはかき消されてしまいます。
そこで研究チームは、「究極にクリーンなグラフェンなら、電子がまるで水のように流れる不思議な状態を本当に実現できるのではないか?」と考えました。
もし電子が液体のように流れる特異な世界が確認できれば、熱の伝わり方も従来と全く違っているはずです。
本当にそんなことが起こりうるのでしょうか――この問いに答えるべく、今回の実験が行われました。